みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

最終釣行 木曽のイワナ釣り

先週は台風接近の中を更科から松阪まで戻りましたが、途中の車窓からは木曽川が良く見えました。思わず木曽福島で降りたくなる衝動を抑えながら窓に張り付いて外を食い入る様に睨んでいる姿を思い返すと、さぞかし滑稽であったと思われます。今期も最終釣行…

告別式と法事の合間のキノコ採り

母親は中山道六十九次にある江戸から数えて二十六番目の宿場で有る芦田宿周辺の生まれであり、家の近くに地元では有名な笠取峠が有ります。峠沿いの松並み木は県の指定天然記念物となっており、賑わった当時の風情が感じられる私の好きな場所のひとつとなっ…

加賀の友人からの頂き物

石川県金沢市に住む釣友よりの頂き物をご紹介したいと思います。其の釣友は20年を越す知己で刀剣などの文化もこよなく愛し、地元の白山白姫神社を信仰する私より大分年上の大先輩です。 かなり前に私の作った渓流釣りの餌箱を進呈した事があるのですが、未だ…

夏草や兵どもが夢の跡

題名にした句は御存知のように松尾芭蕉が奥州平泉で詠んだ名句です。奥州藤原氏三代の栄華の終焉と義経の死に思い意を馳せて詠んだと伝わります。 今回は高校時代に通っていた道沿いから少し入った場所に有った古い城跡について、改めて今夏に訪ねた時に感じ…

木曽川 アマゴ釣り 不思議な夢

最近は朝方の暑さが少しだけ和らいで来ました。ホームグランドである木曽川上流では、渓魚達が少しづつ秋に向けて動いている時期ではないかと考えて釣りに出かけました。 季節的な事も有りますが、今回は大物一発勝負では無く、塩焼きサイズで良いのでアマゴ…

趣味の話 郷土の陶器 松代焼 其の2

帰郷中の8月15日に長野市信州新町のジンギスカン街道沿いにある『むさしやジンギスカンに 』に家族で向かいました。信州では何処のスーパーにも袋入りの『むさしやジンギスカン』が売っております。味付ジンギスカングランプリと言う豪の羊肉生産者団体が主…

夏休み 千曲川でイワナ釣り 渇水と恵の雨

久しぶりに千曲川水系にまいりました。意地悪なもので雨が降らなくて超渇水が続いていたみたいです。ところが有難い事に朝方に少し雨が降ってくれました。水嵩が増える迄とはいきませんが、千曲川の龍神さまが降らして頂いた雨だと思います。 小鬼百合が綺麗…

夏休み 帰省と迎え盆の準備

今年は夏休みを8月11日から8月16日迄の6日間に渡って取らせて頂く事になりました。更級を起点に釣りざんまいと行きたいのですが、我が家には家訓が存在しているのです。先祖が残した覚書の他にも簡易な口伝で伝わっている事柄も幾つが存在致します。口伝の一…

木曽川 イワナとアマゴ釣り

今年で3年目の何処にも寄らない単独釣行(感染回避の為)は結構大変でして、家に帰ってから諸々の準備が必要です。昨日も帰宅後にアタフタしながら洗濯物を終え、お米を炊いて卵を焼いてウインナーを炒めてお弁当を2つ作りました。娘がテニス部時代に使ってい…

美し国の散策

昨年の10月から美し国(うましくに』と呼ばれている三重県に転任し、10ヶ月が経過しようとしておりますが、勤務地の松阪市から月一回の会議が行われる津市の往復のみで、他の場所を訪ねてみたりする事は致しませんでした。 ところが今回、部下の課長が急に尾…

とある信州の川での釣り 予想と違う!

最近の陽気はいよいよ夏本番になってまいりました。今回は木曽では無く年に一度と決めている河川へ向かう事と致しました。木曽とは水系が違いますがアマゴが泳ぐ河川です。松阪市から木曽まで3時間ですが、今回は更に1時間半ほど距離がありますので到着時…

目貫の意匠と考察

今の時代は刀剣をはじめ鍔や縁頭や目貫は歴史的な美術品として取り扱われております。刀自体は美術品である前に神器であり霊器でもあり武器でもありますが、鍔や目貫は金工作品として残っているのです。今回ご紹介する目貫(メヌキ)の発祥は手で握る柄と刀身…

木曽川 イワナとアマゴ釣り  渇水で厳しい

冒頭に一言7月8日奈良県での選挙演説中に凶弾に斃れた偉大な政治家である安倍晋三元首相と御親族に対して心から哀悼の意を表します。世界の裏事情を全て知った上で日本をどう護って行くのかと言う事に人生を投じた方だったと強く思います。 ホタルブクロがま…

鉄鍔の黒錆付け

また鍔の話で恐縮ですが、今週は釣りに行かずに家におりますので、短刀用の鉄鍔の黒錆び付けを行いました。現在はもっと簡単に黒錆を付ける溶液が販売されておりますが、日本の職人が丹精込めて制作した鍔には思う処有って使いません。 黒錆と赤錆の違いを難…

木曽川 イワナとアマゴ釣り アマゴが食べたい

今回の釣行は2週間空いての木曽釣行と成りました。町田に住んでいた時は連チャンで2種間空ける事はシーズン中は考えられませんでしたが、やはり金曜日の夜に松阪から木曽迄の3時間半を越す強行軍はかなりの覚悟が必要です。 梅雨は大物シーズンですが、今日…

鉄鍔に込められた祈り 2

今回は友人が保有する鉄鍔に込められた『祈り』についてご案内したいと思います。前回の鉄鍔の祈りもそうですが、決して新興宗教かブレによる宗教的な勧誘ではございません(笑)。元々鍔は拳を護ったり、刀身と柄とのバランスを取ったり、刀の操作時に手が滑…

身体の休養と内側のリセット

今週は火曜日に近くの店舗に転勤して来た30年来の同期入社である友との懇親、木曜日にお客様の接待(2次会で逆に接待を受けちゃう)、金曜日は部下9人の表彰式出席に伴う小宴と3回の午前様となった事により自宅静養と致しました。 いずれの宴も楽しい時間で有…

木曽川 アマゴとイワナ釣り アヤメの香り

本日の木曽は暑くも無く、寒くも無く、ずっと佇んでいたく成る様な過ごしやすい気候でした。爽やかな風が川の水面をかすめ、微かに野辺に咲く花々の香りを私の鼻腔に運んでくれておりまして居心地が良いのです。本日は釣友3人と待ち合わせての木曽釣行でした…

鉄鍔に込められた祈り

本編に入る前に昨日は日露戦争の日本海海戦に於いて旗艦三笠に乗艦した東郷平八郎元帥率いる連合艦隊が、秋山兄弟の次男である秋山真之発案の丁字戦法を用いて当時世界最強ロシアバルチック艦隊に真っ向から立ち向かって見事に此れを撃破し、我々の祖国を護…

木曽川 イワナとアマゴ釣り 龍神様の御導き

先週は釣り方を忘れたのかな?と思える程に本流でアタリが取れませんでした。支流の魚も綺麗で好きですが、やはり本流の太い魚の顔が見たくて今週も三重県松阪市から木曽へ車を走らせました。念の為に申し上げますが三重県内にも名だたる名渓は存在します。…

木曽川 アマゴとイワナ釣り 課題多し

昨年10月に東京町田市より三重県の松坂市へ転勤し、其の時にスタッドレスタイヤを持参しなかった為に春先の釣りは取り止めておりました。諸々の事情も含めて五月の連休明けから始めようと考えておりましたが、やっと今週末に今期始めての木曽川釣行日となり…

更級への帰郷2 老舗の鰻屋と鎌倉時代の名刀

長野県でも新潟県に近いところ位置する場所に飯山市と言う場所がございます。本日は其の飯山市にある有名な鰻屋さんに鰻を食べに行く事が、朝ごはん後の御前会議で決定致しました。飯山市はかつて上杉謙信公が信濃への足掛かりとした交通の要所であり飯山城…

更級への帰郷 父の残した品々

連休の後半に帰郷する事になりました。信州の春はとても美しく、水彩絵の具のような淡く柔らかい色に染まる山々が迎えてくれます。更級を流れる悠久の千曲川には河原に菜の花を小さくした様な西洋ヤマガラシが黄色い花を咲かせており、5月の爽やかな風に其の…

趣味の萩焼

趣味が多過ぎるのも困ったものですが、家族の影響を強く受けた趣味は50歳を2つ過ぎた今でも続いております。まず祖父が刀剣商でしたので様々な品が家に存在し多分過ぎる程に影響を受けました。また祖父は大の川魚好きであり、私が夏の夕方に毛鉤で魚を釣り…

友人の一刀 大隅守広光

今週は友人が所有する幕末期に打たれた短刀をご紹介します。合戦などで甲冑や当世具足を纏って戦うのでは無く、素肌で切り合う事を想定されて刀が打たれた時代の短刀です。ご存知の通り応仁の乱以降約150余年にも及ぶ長い動乱の世が終焉し元和偃武となりまし…

注文打ちの準備スタート

まだ先の事になると思いますが、考え方に好感が持てる若い刀匠に一腰の刀を注文しようと考えております。刀には其の時代により呼称が存在し、上古刀(直刀)、古刀、新刀、新々刀、現代刀と区別されております。一般に上古刀とは古墳から出土する直刀の事を言…

信濃の英雄 旭将軍木曽義仲公 最終回

義仲公のシリーズは今回が最後となります。旭将軍源義仲公は近江は粟津ヶ原で今井兼平と共に最後を迎えてしまいました。しかし義仲公の嫡子である清水冠者源義高が頼朝公に預けっぱなしになっております。また最後の地である近江粟津ヶ原には義仲公供養の塚…

信濃の英雄 旭将軍木曽義仲公 22

※ 巴との別れと義仲公の最後 連続の激戦に疲れ果て、たった5騎で駒を進めていた義仲公でしたが、此処で一つの決断を致しました。義仲公が子供の頃より共に暮らし、旗挙げの後に数々の激戦をくぐり抜けた巴だけでも逃がそうとしたのです。義仲公は『お前は女…

信濃の英雄 旭将軍木曽義仲公 21

義仲公は法住寺合戦後の戦後処理を藤原基房と一緒に進めておりました。如何なる理由があろうと院に弓引いた義仲公は益々孤立し、付き従った将兵は離散し、数万の義仲軍は約一千騎にまで減っておりました。義仲公は院を伴い北陸道に向かうつもりでしたが、そ…

信濃の英雄 旭将軍木曽義仲公 20

義仲公は追い詰められておりました。時代や背景 は全く異なりますが現代で言うとアメリカに煽られてウクライナに侵攻したのロシアの様です。後白河院は頼朝公に対して義仲公と和平を結ぶ様にお願い致しましたが、頼朝公から撥ねつけられております。オマケに…