みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

鉄鍔の考察

梅の花が綺麗な季節です。晴れの日も雨の日も何とも可憐に目に映りますね。寒い冬が終わりそうな頃に咲く梅の花は春を予感させる花です。今なら手紙を書く時の時候の挨拶は『雨水の候』でしょうか。

昔の話ですが、士族の娘であった祖母がよく手紙を書いているのを横で見ておりました。祖母の名は愛子と言います。筆を取りサラサラと書き出す時の文言を今でも覚えております。意味が分からないモノはその度に祖母に聞いてみると、生真面目な祖母は筆を置いて確り説明してくれました。当時は意味が分からない箇所も有りましたが、今となれば有難い事だと感謝しております。

文字通り雨水(ウスイ)の中で一層美しさを増す紅梅(コウバイ)です。雨水で濡れた樹皮との相まって季節感を感じますね。
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今回は私の持っている鉄鍔の中で梅を題材とした鍔を一つご紹介致します。高額な美術的価値は有りませんが、責金(セメガネ)が残っておりますので、きっと先祖の指し料に付いていた鍔だと思います。

此方が責金と言います。鍔の中心孔(ナガゴアナ)の上と下に小さい銅の板を挟み込んでいるのが分かると思います。こうして刀身と鍔の隙間を責金で埋めて鍔のガタつきを抑えました。
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八艘の構えです。Wikiより
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時代劇などで刀を構えた時にガチャッと音がしておりますが、仮に暗闇での戦闘となった時にいちいちガチャガチャしたら相手に此方の位置がモロバレとなるので心得の有る武家はガタつきの無い様に細心の注意を払っていたそうです。登城時などには刀を入り口で預けますが、もしも其の時にガチャッとなったら問題に成るほど大事な事と書籍に有りました。

本題に戻りますが、此方が私の所属している鍔のうちで梅を題材としたモノです。

図柄は梅と賢人図です。鉄地に槌目仕上げとなっており、周囲の鉄を寄せて逞しい海の太枝で叩き出し、梅の花を銀象眼し、更に賢人の姿も周囲の鉄を寄せて打ち出され、顔に銀象眼が施され、賢人が立つ橋の下には雪解け水が勢い良く流れる降る様子が打ち出され、流れが春の陽光に輝いている様子を金の象眼で表しております。
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裏には隅に小さく枯れ草が打ち出されており、其処にも陽光にキラリと光る水滴が有ったのかは分かりませんが、とても小さい金の点象眼が一つ施されております。此の金色は恐らく色絵と呼ばれる技法だと思います。刀装具は此の様に控えめな意匠が多いのですが、気品のある控えめさが何とも言えずに好きなのです。
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鍔の周囲の部分を『耳』と言いますが、此の鍔は丸く仕上げられており、丸耳と言われる部類に入ります。
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此の鍔の様に縦に長い丸型の鍔は堅丸型鍔と言われる部類に入ります。賢人とはチャイナの魏晉の時代に深山の竹林に集まり、俗世に背を向けて琴を弾いて遊んだと言われている伝説の7人の思想家達のうち何れかの者だと思います。つまり曹操の魏から司馬懿の晉までの時代の方達ですね。

三国志を読まれた方は御理解頂けると思いますが、劉備の蜀、曹操の魏、司馬懿の晉までは、長い殺し合いの連鎖を誇るチャイナの中でも激動の時代でした。そんな俗世を生き抜いた高齢の賢人は、寒い冬が終わりを告げる様に咲いた梅の花を仰いで何を思ったのでしょうか。自国が滅ぼされた賢人なら、廃墟となった故郷の梅や家族と共に過ごした懐かしい時を回想しているかも知れません。一方で苦しくても必ず梅の花が咲く様に、明日に向かっての活力を梅の花から貰っているかも知れませんね。

梅の花です。
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米粒ほどの大きさに彫られた賢人の顔です。
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ご存知の様に3月は弥生です。弥は『あまねく』と言う意味が有り、生は『生きる』ですので、結びつけると『あまねく生きる』ですね。立派に生き生きとした梅の花は弥生の月に相応しい花であると感じながら、鍔の梅の花と賢人の顔を見て色々妄想しておりました。

此の話を名古屋から仕事で帰って来た次女に朝ごはんの食卓を囲みながら話したら『ふ〜ん、お爺ちゃんの顔が可愛いね』で終わり、長女も『へ〜』で終わってしまいました(笑)。明日で五十路を4つ超える父親のつまらない話でした。