みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

目貫の意匠と考察

今の時代は刀剣をはじめ鍔や縁頭や目貫は歴史的な美術品として取り扱われております。刀自体は美術品である前に神器であり霊器でもあり武器でもありますが、鍔や目貫は金工作品として残っているのです。今回ご紹介する目貫(メヌキ)の発祥は手で握る柄と刀身の手持ち部分である茎(ナカゴ)を固定する物として使われておりましたが、其の後に固定する役目は目釘(メクギ)に変わりました。しかし『手だまり』の良さや滑り止めの為に表と裏に一つづつ配される様になったと言われております。

とても気に入っている我が家に有った目貫です。とっても小さいモノで縦が1.7cmで横が2.4cmですので短刀用なのかも知れません。
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小さくて見え難いので拡大しました。顎髭を生やした翁が着物の裾をたくし上げ、天秤棒を担いで薪を売り歩く図柄です。商売が楽しいのか分かりませんが表情が楽しそうですね。薪を切り分ける枝切り鎌を腰にさしてます。
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もう一方の目貫です。此方の翁は髭を生やしておりません。首に手拭いを掛けておりますので時期は汗ばむ時期かも知れません。二人とも長い髪を頭頂部で二つ折りにしておりますね。また二人とも月代(さかやき)が無いところを視ると武家では有りませんね。
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目貫の裏です。専門用語で裏行(うらゆき)と言います、裏から図柄を押し出した様子が観察出来ます。裏の凹みを専門用語で圧出(へしだし)と言います。時代が遡る作品は素材が貴重でしたので材料を倹約しており肉が薄く、時代が下ると肉が厚くなる傾向があるみたいです。また素材は恐らく銀無垢だと思います。
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ご理解頂ける様に此の意匠は『薪売りの図』です。ガスや電気の無い時代だけに江戸では増える人口をカバーするだけの薪や炭は緑濃い武蔵野の豊かな雑木林から供給されておりました。炭は高価な為に江戸城内や大名屋敷で使われていたと言われております。

当時の一般庶民はもっぱら薪を利用していましたが、薪も確り武蔵野台地から運ばれていたと言われておりますので、江戸時代には当たり前の光景だったかも知れません。上の拡大した写真をご覧になると分かりますが、私の手のひらの細い線と同じ太さの薪です。また薪を束ねる藁縄にも毛彫が施されてますね。細い鑽(たがね)で再部まで緻密に仕上がっており、当時の職人の凄さを感じております。金色の部分は色絵と言う江戸時代の技法です。もっと時代の上がる作品は色絵では無く『うっとり』や『袋着』と言う技法が用いられておりますので、此の目貫はそんなに古い物では無く江戸時代の作品だと思われます。

因みに江戸時代の物売りの図を数点程ご紹介します。図書館の書籍に有った物を私の下手なスケッチで覚書の為に写した物なので細部は御許し下さい。

明治期に活躍された日本画家で江戸風俗研究家である三谷一馬氏の『江戸商売図絵』をマジックの細いモノで写し書きしたモノです。此方は塩売りです。
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同じくススキ売り。ススキを何に使うのか?お月見くらいしか浮かんでまいりません。
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八百屋さんです。当時の奥様方や長屋住まいの方は買い物に行かなくても近くまで物売りが来ていたみたいです。
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此方は魚売りです。冷蔵庫の無い時代の鮮魚販売はスピード勝負だったと思われます。心無しか若い足の速そうな方に見えますね。
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上の絵を見ると其々の職人の頭頂部には月代が有りますが、目貫の翁は総髪に二つ折りの髷ですから画題としてもう少し時代の古い時代の翁を彫り上げたと思われます。

二つ折り
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お金を出せば何でも買える現代とは違いますので、煮炊きに必要な薪売りは他の物売りよりも必要な存在だったと感じます。それも年老いた翁が竹の杖をつきながら各家庭を廻る姿は、嫁いだ若い嫁さん達にとって自分の父親を連想させて大事に扱われた事だと思います。其の情景を見ていた亭主も家内の優しさに触れて幸せな気分になった事ではないでしょうか。その心温まる薪売りの翁を短刀の目貫として使った職人のセンスには驚かされます。装剣具には本当に多種多様な図柄が有りますが、今も昔も変わらない人の感情を著した図柄も良いものだと思う次第です。