みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

鉄鍔に込められた祈り

本編に入る前に昨日は日露戦争日本海海戦に於いて旗艦三笠に乗艦した東郷平八郎元帥率いる連合艦隊が、秋山兄弟の次男である秋山真之発案の丁字戦法を用いて当時世界最強ロシアバルチック艦隊に真っ向から立ち向かって見事に此れを撃破し、我々の祖国を護った日でした。祖国を護った英霊の御霊に向けて改めて哀悼の意を表します。(2020.2.9の記事参照)

海戦時に連合艦隊各艦に掲げられたZ旗
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さて今週は土曜日の夕方にお客様の接待が有るので釣りはお休みです。ちょうど刀の透鍔(すかしつば)を数種類手入れをしていた事も有り、今週末は鍔について先輩から聞いた受け売りの話を少々したいと思います。鍔と言う文字は金編に『咢』と言う文字を書きますが、此の『咢』は単独で『がく』と読み、『うるさい』や『騒がしい』や『高く突き出る様子』などの意味が有ります。帽子のツバも刀の鍔みたいに外側に突き出ているのでツバと言うらしいです。鍔の目的としては相手の斬撃から自らの手を守る、突き技の時に此方の手が刃方まで滑らない、鯉口を切る為の金具などとされており、実は非常に大切な役割を持つ金具なのです。

刀の拵えにおける鍔周辺は大小の金具が5つも重なり合い、金具がワチャワチャと煩いくらい密着して付いておりますので、鍔と言う文字の意味においても、何と無くですが理解出来ます。実際を説明すると刀身の構造もさる事ながら、拵え一式に於いても微塵の無駄も無く、極限まで無駄を省いて仕立ております。
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実用としての刀装具が基本な事は当然ですが、日本人の感性でシンプルな中でも美しく仕立てられた優品が多く現在まで残ります(貧乏な私には購入出来ない物ばかり)。刀装具は実用本位から製作されたのは間違い有りませんが、所持者の信仰から来る『祈り』を表現したり、時には自分の身分を現したりする為に制作されておりました。鍔につきまして室町より以前は当時の刀匠が余鉄を用いて製作したり、甲冑師が余技で鍔を製作しており、シンプルで機能的なデザインの透かし鍔が残されております。そして室町に入ると『正阿弥』と言われる集団が出現し、地透かしと言う様式を造り出しました。此の地透かしの技法は以後の鍔に大きな影響を残しました。その後は有名な後藤家や埋忠明寿など様々な名工が現れ、其の流れは明治期の廃刀令間時の名人である加納夏雄まで継続されました。

今みたいに電動ドリルや電灯も無い時代に当時貴重な和鉄や赤銅などの合金を使用し、炭火で赤めては鍛接を繰り返して鑢で仕上げて行った製作工程は現代の我々の想像を遥かに超越したものだったと思われます。

私の手持ち鍔の一つである『六木瓜蕨手透鍔』無名正阿弥極め(日刀保)です。
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寸法は縦が7.5cmで横が7.8cmで厚みが約6mmです。正阿弥でも古い物は槌で打たれた状態の槌目仕上げで、江戸時代の正阿弥は殆どが磨き仕上げとなります。一見優しい曲線を描く此の意匠には作者の強い『祈り』が込められております。

反対側です。上と下に付いている銅の塊は責金(せめがね)と言われる太刀の茎を入れた時の調整金属です。
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横から見た図です。
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鍔の横側の縁を専門用語で『耳』と言います。此の鍔の周囲の形状は蒲鉾みたいに丸く山形になっている事が見て取れると思います。鍔の周囲を専門用語で『耳』と言いますが、面白い事に食パンの外側もミミと表現されておりますね! この耳が丸くなっている物を『丸耳』と言います。鍔は此の耳の部分が鉄質などの重要な見どころなのです。

鑑定書の抜粋
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また此の鍔の全体像である木瓜紋の事ですが、元々は鳥の巣を図案化した物で子孫繁栄を祈る印と言われております(違う説では瓜を割った図とも言われております)。蕨手とは文字通り蕨(わらび)の穂を意識した物で有り、手を丸めた形に似ている事から福を招くと言う意味が有ります。例えばちょっとした贈り物に熨斗(のし)を付ける事が多いと思いますが、蕨熨斗(わらびのし)が記されているモノをご覧になった方も多いと思います。厳しい冬が終わったらニョキニョキ出て来る蕨は昔から生活に福を招く縁起物でした。

蕨熨斗です。
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つまり此の無名正阿弥鍔に込められた『祈り』とは幸福を招き寄せる蕨手の力で家族が幸せに暮らせる様にとの意味と、家族が蕨が増える様に繁栄するようにとの願いが込められているのです。端的に人を殺める道具に此処迄の願いを込めますか?と疑問に思うかも知れません。しかし抜いたら生死を分ける物だからこそ逆に願いを込めたのかも知れません。ご想像ください....敵に囲まれた状態で己が一剣に活路を見出す場面を....。または握りしめた一剣をもって家族を賊から護る場面を....。そう思うと朧げながら鍔などの金具にも願いを込める気持ちが解るかも知れませんね。

鍔の部位名称です。
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真ん中に茎孔と茎孔の周りを取り囲む切羽台以外の部分が意匠を施せる部分となります。写真の鍔は鶴丸形の透かし鍔で長寿のシンボルとされております。JALのシンボルマークとしても有名ですね!また戦国大名では松阪市に居城を持った蒲生氏郷が使用しておりました。 刀剣ワールドより

刀装具は小さな対象物に職人が様々な意匠を施しておりますが、其の小さな対象物の中でも一番大きい物が鍔なのです。大きいと言っても7cmから8cm越くらいであり、真ん中に刀の茎を通す孔が有り、其の周りを切羽台と言われる必要最低限の固定目的の場所が取られますので、実際に表現出来るスペースは狭い範囲にねりますね。其の狭い範囲にも関わらず確り表現された『祈り』は実用品でありながら現代でも通じる美術品だと考えます。今宵は鍔の意匠を肴に一杯やる事に致しました。

以前にも紹介させて頂いた物ですが、東京の自宅では玄関の真正面に据えてありました鍔2つです。
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松阪の借り上げ社宅では場所の都合で南西の方角に向けて置かれており、社宅の裏鬼門を守っております。鬼が怖がって逃げる柊(ひいらぎ)で邪を遠ざけ、其れでも侵入してくる鬼に勝戦草と言われている沢瀉(おもだか)で撃退する目的です。人に話すと笑い話ですが、私はけっこう真面目に攻めと守りの意味で部屋に魔除けとして飾っております。因みに表鬼門には火縄銃が銃口を向けており、火縄銃とは違う方向から所蔵刀の鋒が向いております。