更科のキノコ採りも、最終が近づいてまいりました。キノコが終わりますと、私にとりましては年間を通して山河に入る期間の終了となります。
昨晩も静岡から郷里まで車を走らせてまいりました。約2時間半の道のりとなります。明日の朝は母とのキノコ採りです。
朝方の6時半にアラームをセットして布団に入りました。疲れて泥の様に寝ておりましたら、予定より1時間半前に何故か叩き起こされました。
寝ぼけながら座った食卓には、山盛りの御飯と湯気が立っている味噌汁が有り、皿には山盛りの『おろ抜き大根』の味噌炒めと先週採りましたジコボの大根おろしが有りました。
『おろ抜き大根』とは、蒔いた大根同士が密になり過ぎる事を防ぐ為に間引いた小さい大根の事です。大根は未だ小さく楊枝程です。若い大根葉の新芽を食べる感じとなります。
此の時期だけの味覚となり、ほろ苦い味に味噌が絶妙に合います。母もぺろっと食べており、朝から驚く程に気合い充分です。
山はいよいよ晩秋の様相を呈してまいりました。此の時期にはあれ程出てたジコボも少なく、晩秋キノコの時期となります。
栗茸がございました。先週から栗茸が多く出て来て有難いです。
所々に沢山出ております。全て干しますので来年のキノコ採りまで何回か栗茸ご飯を頂ける思います。
晩秋キノコの代表格であるチャナメツムタケです。此方も沢山出ており、楽しませて貰いました。
傘が開いたチャナメです。大きいモノが多く感じます。煮ますとナメコと同じ様になります。うどんや蕎麦、鍋物や煮物に最適です。
まだジコボも群生しておりました。少ないと思っておりましたら結構大量に採れました。
此の時期のジコボは虫が入っておらずに綺麗なモノが多いです。
今日は少し変わったキノコが大量に採れました。キノコの世界には『モドキ』と名前が付くモノが多くございます。
『モドキ』とは分類上は違うのですが、姿形が酷似しているものを指します。此のキノコは本当に間違え易いので初心者の方は手を出さない方が無難なモノとなります。
此方はニガクリダケモドキです。一見毒キノコの『ニガクリタケ』にそっくりですかが、ニガクリタケは小さく、必ず前束生(そくせい)しております。ところが此のニガクリダケモドキは一本のみで出ている事も有るのです。
裏はこんな感じです。栗茸より美味しいと言う友人もおります。子供の頃から食べているキノコですから分かりますが、パッと見ただけではニガクリタケそっくりです。
此方もニガクリダケモドキです。ニガクリタケは猛毒ですが、ニガクリタケモドキは可食で有り、とっても美味しいのです。
ヒダは硫黄色に薄紫色が混じります。柄は栗茸と全く同じです。
母も喜んで採っておりました。
天気は曇りから快晴に変化し、青空が覗いてまいりました。
今週も多くの山の幸を頂きました。母と峠を幾つか超えて山神様へ御礼の参拝をしてまいりました。山神さまの裏山は此の辺り一帯の水源になっているブナ林です。
此の社殿名は郷里の英傑である佐久間像山先生が名付けられました。
山神さまの境内に句碑が一つございます。詠み人知らずのようですが、今の心境にピッタリでしたので御案内させて頂きます。
『 水音の 何時も身近や 秋の山 』
毎回此の句碑の前を通っており、内容も其のままの意味で理解しているつもりでしたが、何故か今日は妙に心に沁みてまいります。
山の精気を感じられない期間を過ごさなければならない事への寂寥感でしょうか。何時も感じる事のない感覚でした。
美しい更科の山々の紅葉を愛でながら母と家路につきました。

































































































