江戸時代までは、全国に存在した各藩の財政の為、独自の焼物が焼かれておりましたが、明治期以降の安価な焼物の流通により、其の殆どが途絶えてしまいました。
我が故郷の焼物の代表は、何と言っても故唐木田又三先生が復元された真田家十万石が奨励した『松代焼』となります。
松代焼は途絶えておりましたが、中学校の美術教師をされていた唐木田又三先生が復元されたのです。他に先生の手掛けたものは『青磁』と、独自に編み出された『寂焼』がございます。
唐木田陶苑さんのHPに載る在りし日の唐木田又三先生です。教育者の側面を持つ郷土の偉大な陶芸家です。
私は幾度となく二代目の唐木田伊三男さまが営む唐木田陶苑さんを訪問しておりますが、ニ回ほど隣室に有る又三先生の遺品を拝見させて貰いました。
其処には、又三先生が手掛けた何れも傑作と思える作品が多く展示されております。松代焼は勿論ですが、心血を注がれた青磁器など、多岐に渡る名品がございました。
中でも『青磁』の『氷裂文二重貫入』作品には目を奪われました。展示されていたのは二点ですが、二つ共かなりの大きさで有り、一つは姿が美しい大壺、もう一つは松永久秀が抱いて爆死した平蜘蛛にも似る大きな花器でした。
私が唯一保有してついる又三先生の青磁氷裂文二重貫入の酒杯です。此の色を出すには季節に合わせた難しい釉薬の調合が必要となります。
二重貫入は杯の底部分と外側の上部に現れております。此れでも当時は購入に際して二の足を踏む金額でした。
奥さまに、展示作品は売り物かと聞くと、キッパリと否定されてしまいました(笑)。恐らく先生が限界へ挑戦された作品だと思います。非売品ですが此の大きさですと、買うと致しましたらゼロが6つ程だろうと思います。
何故此の青磁の二重貫入が限界の陵域かは後に御案内させて頂きます。奥さまには、チャンスが有れば購入させて頂きたい旨を、話しましたが、恐らくは難しいだろうと思います。
何故なら先生の遺品もそうですが、他の分野の名品類なども、総じて収まるべき所に収まっているからです。持ち主が他界し、後世に子孫が売りに出した折に初めて世に出てくる流れは名刀と一緒なのです。
焼物は大物になる程、重力により造形が困難になり難易度が増します。更に焼成時には窯内で大きく場所を取り、コストパフォーマンスは最悪です。追い討ちを掛けて青磁は焼物の中で殊更に困難を極めるものであり、独特の翡翠色を出すには熟練の技が必要になります。ましてや二重貫入は、青磁の表現における一つの頂点なのです。
此れは先生の作品では有りませんが、東京国立博物館が収蔵する砧青磁の名品です。青磁は此の様な翡翠を思わせる澄んだ青緑が特徴です。青磁こそは東洋陶磁の頂点と称される焼物となります。
其の青磁の中でも最高峰と称される氷裂文(二重貫入)こそは、完璧な迄に均一に造られた素地に釉薬を厚く何層も掛け、最初のヒビ割れの後に、更に他の釉薬層との収縮率の時間差で、違う角度からヒビ割れを生じさせる超絶技法なのです。
よって温度管理にムラがあったら規則正しい二重貫入は絶対に入りません。成功率は極めて低く、唐木田陶苑の別室に展示されている青磁の二重貫入作品は、気の遠くなるような失敗の上に焼かれた正真正銘の傑作である事は明白です。
実を申しますと、今回そんな又三先生の作品を偶然にも売り物が出てまいりまして、他から買い付ける事と相成りました。
其の作品が此方です。供箱の大きさは縦が60cm、横が48cmもございます。箱書きは間違いなく又三先生の揮毫です。購入に当たっては、ブラックライトで時間を掛けて割れが無いか確り確認させてもらいました。
作品の方量は縦が47cm、横が39cmの徳大サイズです。全ての面に完璧に規則正しい二重貫入が出現しております。家でゆっくり見た時には鳥肌が立ちました。思うに人の成せる技前を遥かに超えている作品に感じております。
此の澄み渡った釉薬の奥底に見える景色こそが、氷裂文と言われる二重貫入です。火の神さまの気まぐれと先生の技法が融合した一大作品でした。
此れだけの大物にも関わらず、コントロール不能である二重貫入が均一に施されている事は驚嘆以外の何モノでも有りません。
品物が私の部屋に来たのは先週です。其の夜は又三先生の作品を眺めておりましたら、気が付くと深夜の2時を過ぎており、明日の為に急いで床に着きましたが、興奮して朝まで眠れませんでした。
先生は、其の著書である『日記抄』で以下の様に語っておられます。幾つか抜粋しながら御案内させて頂きます。
青磁とはなんと寡黙な表現手段であろうか、単色の単純形に全てを賭ける....。
実現の技術的な困難さは何という酷いものだ。オルガンのー音に全てを委ねようとするのと同じだ....。
火神の偶然の手が夢に描いた材質の片鱗を現出して見た時、作者はそれを遠くから来た物のように驚いて見入るだけだ...。
特に最後の文章は、青磁の二重貫入が、どれほど困難を極める作品であるかを物語っていると思います。『遠くから来た物のように驚いて見入るだけ』の表現には、今でも戦慄を覚えます。
今宵も又三先生の作品を眺めながら、二代目の伊三男さまが造った特大の酒器で、熱いお酒を頂いております。肴は又三先生が発案された寂焼の皿に乗った静岡名物の炙り黒はんぺんに辛子を添えたものです。
私は唐木田又三先生が哲学的な書物を書いておられた理由が、此の作品を手にして初めて其の片鱗の更に端っこだけ解りかけてまいりました。有難い話です。
何年か前に二代目の伊三男先生の作品を買い付けた時の品々です。
趣味の話になると、取り止めも無い話となるきらいがございます。どうかお許しください。





































































