みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

千曲川 イワナ釣り アマゴ混じり

6月に松阪から横浜に移り、町田市の自宅から通勤する様になったのですが、一つだけ急に減ったモノが有ります。其れは『睡眠時間』です。松阪の時は平均で6時間以上の睡眠時間が取れておりましたが、現在は4時間〜4時間半ほどとなりました。原因として私が朝が早い事と長女の帰宅時間が遅いのです。流石に先に寝ていると可哀想なので、帰宅を待っているのですが、帰宅時間は下手をすると24時を超えます。起床は4時半なのでウィークデイは慢性的に睡眠不足なのです。先週は土日共に日々の寝不足が祟って頭痛が激しく、二日間とも寝ておりました。

そんな事も有り、今週は勇んで千曲川に向かいました。夜明けを迎えて橋の上から本流を見ると、何と泥濁りです!渇水なのに泥濁り!此れには驚きました。仕方ないので遡上モノが狙える支流に向かいました。仮に遡ってなかったら今日は完全にアウトです。此の支流に入るのは2年半ぶりです。かつては遡上期に尺ヤマメが狙える小河川でした。

車を止めてテクテク歩いているとポツンと朝顔が咲いておりました。何回か撮影してみたのですが、爽やかな紫の色が上手に撮れません。
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見事な玄武岩の柱状節理です。物凄い量のマグマがゆっくり冷める事で此のような形になります。此の川は川床も同じ岩です。釣りを長年していると岩にも多少詳しくなりますね。
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対岸側もこんな感じです。高さは30mほど有ります。
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さて肝心の釣りの方ですが、昨日は『読み』が当たりました。暫く誰も入って無かったみたいです。釣れる魚も立派なヤツばかりです。川床は遡行時には滑りやすい岩なのですが、岩の表面を餌が下流へ滑る様に流すのがコツです。一つのポイント毎に錘をこまめに変える必要がございます。

白っぽい岩の下からか尺物を筆頭に3本出ました。尺物が来た時に驚いて尻餅を付いてしまい、帰りの車で尾骶骨が痛さに悩まされました。
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写真が下手で申し訳有りませんが、沈み岩が多く有るポイントです。此処にも尺物が潜んでおりました。
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一番水深の有るポイントですが、流れ出しの肩でヤマメとアマゴ?が食ってまいりました。
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かなりビクが重くなりましたので、今日は終わりに致しました。此の川で此れほど釣れる事は極めて珍しい事です。千曲川龍神さまに手を合わせて御礼申し上げました。
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4m程の大岩の上に石仏が置かれております。
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何とも優しい御顔をされております。竿を置いて、帽子を脱ぎ、本日の御礼を申し上げました。時計を見たら8時45分でした。しかしもう満足です。
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何時も魚の処理を行う場所から近いところでタイミング良く小海線が通過しました。子供みたいに手を振ると、電車に乗っていた高校生が手を振り返してくれました。温かい気持ちになれるのは、此の地域の素晴らしいところです。
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其れにしても今日は暑い日です。何時もの9日はもっと涼しく、Tシャツでは寒いくらいなのですが、車に戻ると外気温が35度も有りました。

遅い朝ごはんを車中で頂く為に、涼しい川上村の日陰の有る場所に向かいました。今日は八ヶ岳が綺麗です。特に主峰赤岳がクッキリでした。赤岳の標高が2,899mです。一方野辺山高原が1,400mなので、私の車から頂上までは約1,500mとなりますね。恐らくは同じ光景を川上村の大深山遺跡に住んだ縄文人達もも見ていたと思います。
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木曽川 イワナとアマゴ釣り 渇水

木曽川水系は殆ど雨が降らない状態ですが、シーズンも残すところ僅か1カ月なので出かけてみました。毎年の事ですが9月の釣行は残りの釣行回数を数えてしまう物悲しいところがございます。

町田市の自宅を金曜日の夜半に出発し、明け方前には木曽に到着致しました。国道沿いの此の大看板を見ると、ホッコリとした温もりを感じます。
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暑がりの私ですが、今日は朝の7時くらいまで汗が出ませんでした。めっきり朝が涼しくなり、山の木の葉もチョッピリ色付いて来ております。

山々には可愛らしい花々が色々咲いておりました。
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今日は正沢川上流に入りました。木曽の銘酒に『七笑』と言う名前のお酒が有りますが、此の名は木曽路が正沢川を横切るところに架けられている七笑橋の名前から名付けられております。『七回笑って福来る』と言う縁起の良いお酒なのです。

実際に此の川で釣ると正沢川の美しさに何時も癒されます。しかし実際に川に立つと、思ったより水が少なく少々不安になりました。

美しい正沢川です。真ん中のオニギリの様な岩を見て頂けれは、御理解頂けると思いますが、通常は茶色い部分の上まで水が有るのです。渓魚の天敵は釣り人では無く鵜などの『鳥』です。其の天敵から身を守る水流が少ないと何時もより敏感になって釣り難いと言われております。
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餌は小沢の石を撫でて取った小さいヒラタカゲロウです。此の様な減水は重い錘で沈めると食いが悪い場合が有ります(小沢は別)。極小ガン玉を付けて、浮き玉目印の重さで目一杯遠くから仕掛けを振込ます。旅館山水の尾崎親方直伝の木曽釣方です。実際に釣り始めましたら、当初の不安を尻目に、良いポイントの沈み波に入れると高確率で良型アマゴやイワナが釣れてまいりました。沈み岩から出てくるのが見えるのです。正直申し上げて、此の釣れっぷりには少し面食らいました。ツ抜け(10匹以上の事)に気が付かないくらいでした。恐らくは暫く誰も入って無かったのだろうと思います。因みに沈み込む波とは、枯葉の様な軽いものでも下に引き込む流れであり、その奥に渓魚が餌を待っております。コレは下から吹き上がる水流(釣り師の中ではカガミと言います)の際に出来ます。ずっと出ている訳ではなく、現れる場所は水量さえ変わらなければ大体近くに出てまいります。其のタイミングを狙ってガン玉6合の仕掛けを振り込みます。此れは慣れたら誰でも出来ます。
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あっと言うまにビクが重くなりました。全体を撮影すると少々恥ずかしいので、婚姻色の雄アマゴをアップだけ撮影させて頂きます。写真では大きく見えますが、実際の大きさは8寸強です。
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今度は中流部に有るイワナの実績ポイントです。通常は水流の落ち込みが下流部に1mほど下がった場所ですが、減水の時は丁度良くなります。水中では左と右に岩盤が存在しており、その間の割れ目に良型イワナが餌を待っているのです。
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先程は26cm止まりでしたが、此処では尺イワナが出てくれました。実はもっと重いヤツも針がかりしましたが、岩とのズレで切られました。でも正沢川での尺イワナは久しぶりに釣りました。
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もう此れで今日は満足です。河原に上がり、木曽の龍神様に最敬礼で御礼申し上げました。思えば此の場所も、木曽での師匠である尾崎親方(故人)に教えて貰ったポイントで有る事を思い出し、山水の方角に拝礼致しました。


色々なポイントを見て回ると、殆ど河川は全てチョロチョロの流れで、渓魚達も遡上出来なくて困っている事だろうと思いました。もっとも此処数年は夏が暑過ぎるからか、10年ほど前と比べて遡上スイッチが少し遅れている感じが致しますね。

是非一雨欲しいところですが、思ってみれば木曽川も2020年7月の稀に見る大出水から丸3年経過し、まだまだ昔ほどでは有りませんが、本来の姿に戻りつつ有る事が嬉しく思った次第です。魚の処理を済ませ、南宮神社にお参りして帰路につきました。

夢のお告げ

今週は少し疲労が溜まっていたので釣りはやめておきました。困った事に何故かホームグラウンドの千曲川木曽川渇水気味であり、条件が良くなかった事と車の調子も悪かった事もございました。

 

我が家の事情として、柴犬のヤマト君が日野市に在る亡妻の実家に行っております。下の娘の就職に伴いヤマト君の散歩が出来なくなって預かって貰っているのです。以前我が家に居た時の散歩コースに小さな白山神社が鎮座しておりました。ヤマトが居なくなってから参拝しておりませんでした。ところが今週半ば頃に夢に出て来たのです。夢では何故か白山神社に具足を付けた武者が床几に座って居りました。なんてヘンテコリンな夢だろうとしか考えてませんでした。

 

偶然にも今週は釣りに行かなかったので、週末の買い出しに出かけるついでに白山神社に立ち寄りました。

 

ランタナ(日本では七変化)が咲いております。此の花は気温が3度以下になると枯れるので更級では見た事が無かった花の一つです。
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白山神社は私が西国に行っている時間と含めて3年ぶりでしょうか、流石に夢の通りの鎧武者は居りませんでしたが凛とした空気でした。

 

此方が其の白山神社です。この辺りは諏訪神社氏神さまですが、恐らく元々は小さな祠だったかも知れません。明治の神社合祀にも此の地を離れなかったのは誰かの敷地に鎮座していたものと思われます。
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手書きの由来が書かれた看板がございます。
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参拝者に対して休憩所を設けるなど、管理者の心尽くしの配慮が成されております。此のような氏子さんがいらっしゃるおかげで、此方の白山神社は現在まで伝わっているのだろうと思い、小さく頭を下げました。
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ご祭神は菊理媛神(キクリヒメノカミ)です。総本宮は石川県に在る霊峰白山を戴く鎮座二千百年の由緒を持つ加賀国一宮白山比咩神社です。ご祭神な菊理媛神の事は金沢の釣友に10年ほど前の木曽釣行の帰りに車中で初めて教えてもらいました。

 

菊理媛神を簡単に説明します。軻遇突智(火の神様)を産み、大火傷で黄泉の国に行った伊邪那美命(イザナミノミコト)を追った伊弉諾命(イザナギノミコト)が伊邪那美命居る館を訪れました。帰って来て欲しいと伊弉諾命は言いましたが、伊邪那美命は既に黄泉の国の食べ物を食べてしまったので戻れないが、黄泉の王に聞いて来ますから、その間は私を見ないで欲しいと言う願いを破った事で怒り、伊弉諾命を黄泉の魑魅魍魎軍団を指揮して追いました。そして追われた伊弉諾命は現世と黄泉の国と境にある黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)まで追い詰められたです。ニ神が対峙した時にニ神の御子神さまである菊理媛神が親神であるニ神の取次を行い、菊理媛神の取り次ぎの言葉を伊弉諾命が褒めたとされております。こうして現世に戻った伊弉諾命は黄泉の穢れを洗い流した際に生まれたのが、天照大神素戔嗚命月読命三貴神です。こうして白山の菊理媛神(キクリヒメノカミ)は、あらゆる良縁を結ぶ神さまとなったのです。

 

出雲に在る黄泉比良坂とされる場所です。  Wikiより
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そんな由緒を思いながら心を込めて参拝してまいりました。買い物を済ませて家に帰ってから、夢の中の鎧武者は何だったろうと考えましたが、私の拙い知識では分かりませんでした。

 

そこで町田の自宅に持って来ている具足を床の間に飾ろうと思いつきました。考えてみれば鎧櫃(ヨロイビツ)から出すのも2年半ぶりでした。具足(鎧)は組紐と革と鉄で出来ているので結構重いし、鎧立てと言う木枠に飾るのは手間が掛かるのです。

 

此方が町田の家に保管している具足です。此の当世具足は恐らく新しいものだと思います。
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兜の前立は三日月で、更級の家にある具足と同じです。
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1時間とほどで飾り終えましたが、何だかんだ疲れてボーっと具足を眺めておりました。良く考えてみましたら、亡父から一年に一回は鎧櫃から出して空気に触れさせる様にと言われておりました。ところが長く鎧櫃に仕舞ったままだったのです。更級にある先祖が文政年間に誂えた具足は此の前の夏休みに床の間に飾りましたが、町田の家のものは櫃から出してなかったのです。其の様な訳で1ヶ月くらいは此のままにして我が家を御守り頂く予定です。

 

空の鎧櫃を物置に仕舞おうと考え、金具どうしが櫃内でぶつからない様に置かれている小さめの座布団の様な物を手に取ってみたら、其処には刺繍で白山堂とありました。恐らく白山神社とは無縁だと思いますし、祖父か曽祖父が購入したモノだと思うので、どの様な由来が有るかは分かりませんが、夢の内容が重なった事に驚きを禁じ得ませんでした。ご先祖さまが『釣りにばっかり言ってないで、やる事をやれ』と言っているようでした。

 

此方は町田の家の小さな仏壇です。朝ごはん前にご飯とお水をお供えしたばかりですが、再度蝋燭を灯し、お線香をあげて、『サボってました、御免なさい』とお詫びした次第です。
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夏休み 木曽川 アマゴとイワナ釣り

お盆明けの18日に釣りに行きましましょうと仲間内で話し合って決めておりました。1人は大阪、1人は金沢、1人は名古屋からです。8日程前から台風上陸のニュースが入りましたので、ラインを太めにして大物に備えておりました。しかし木曽川上流部には霧雨がちょっと降ったのみだったらしく、川は減水気味であり、条件は厳しそうでした。


入渓の場所は迷いましたが、毎年夏に実績の有るポイントを選びました。此の時期の水が少ない本流は朝マズメ(夜明けから太陽が出る頃まで)が勝負です。
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退渓した後の写真で申し訳ありませんが、ポイントは此の流れてす。淵には巨大な沈み岩が多く存在し、水通しも良いのです。川の水が太いと対岸には渡河出来ないので減水用のポイントとなります。
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まずは肩(深い所から浅く成って行く場所の事)から一流しすると引ったくる様なアタリで良型アマゴが釣れてまいりました。何とも美味しそうなアマゴです。
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こうなると本命の流れには大物が付いている可能性が強いので、一番強い流れの巻き込みに4号錘のついた仕掛けを投入しました。たまたま仕掛けは良い流れに入り、白泡の切れ目を餌が通過した頃に自作の浮き玉目印が流れに逆らってゆっくり沈んだのです。

直ぐに竿を立て合わせると見事な暴れっぷりで太い本流アマゴがタモにおさまりました。バシャバシャやってしまって場を荒らしてしまい、その後は塩焼きアマゴを一匹追加して一旦川から上がりました。

 


f:id:rcenci:20230819145958j:image涼しかった朝の気温は加速的に上がり、汗だくなってしまったので、次はイワナを釣らせて頂きたいと考え、標高の高い涼しい支流に向かったのでした。

 

この辺は可愛らしいホタルブクロが咲いておりました。
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小さな落ち込みを探ると、いきなり26cmの太めのイワナが細ミミズの房がけに食いついてまいりました。後は20cmくらいの塩焼きサイズを4匹追加して本日は終わりです。
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人家が全くない山の中ですが、駐車スペースの直ぐ近くに小さな古い石仏がごさいました。恐らく以前は集落が存在していたと思われます。帽子を取って手を合わせました。
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本日の釣りは当初4人の予定でしたが、大先輩が途中にぎっくり腰をやってしまい、無念の帰陣となってしまって今回は3人でした。3人とも確り釣果があって良い釣行となりました。

木曽の空は高く、正しく夏の空でした。暑くて汗だくですが、綺麗な渓魚に清く澄んだ水流、御嶽山木曽駒ヶ岳と言う2つの神山に囲まれた此の地域に居ると、まるで体が浄化された様な清やかな気持ちになります。
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無事に釣果を得た事を南宮神社の大神さまに御礼奉りました。
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手水舎には手の込んだ赤石造りの龍神さまがお出迎えしてくれます。木曽川難陀龍王、弟の跋難陀龍王に見立てて拝礼致しました。
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これで今回の釣りの全てが終了し、更級までの帰路につきました。先輩方も其々名古屋と金沢に帰って行きました。季節は此れから渓魚が遡上する秋を迎えます。また丹沢の一部を除いて9月末日を持って渓流釣りは禁漁となります。

『言い伝え』と食べ歩き

信州更級の実家は、家から東に歩いて3分も進めば千曲川本流でした。自転車で山側に少し行くと天然イワナが釣れましたので子供の頃の遊びは全て『釣り』なのです。丁度釣りキチ三平も放映されており、子供達の間では釣りブームでした。ヤマメ、イワナ、ツケバ、ジンケン、カジカ、アキオ、鯉、ドイツ鯉など全てがターゲットでした。

そんな環境でも家族から『この時期だけは釣りはおろか、水辺にも行くな』と言われていたのが『お盆』です。『お盆は色んな魂が此の世に来て自分の家に行くけど、そうじゃ無い魂も有るからだよ』と祖母が言っておりました。
 
更級を流れる千曲川 長野県公式観光サイトより
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迎え盆になると家主が名前入りの提灯に火を灯してお墓までお出迎えし、家の前で更に『迎え火』を焚いて御先祖さまに家に入って貰います。迎え盆はこうして子孫の家に帰って来た御先祖さまを家族で囲んでご馳走を頂きます。16日まで家でゆっくり休んで貰ったら今度は送り盆です。今度は御先祖様をお墓までお送りするのです。此の時も『送り火』を焚きますが、此れは御先祖様が帰る道のりを照らす照明の役割を致します。

迎え火 Wikiより
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写真は信濃国の枕詞である『みすゞかる』の由来にも成った『まこも』を燃やしております。更級の迎え火と送り火にはダケガンバの皮を使います。此の時期は更級に有るスーパーやホームセンターに山積みされているのです。

ところが、何らかの理由でお盆に本家に出向かない分家で代を重ねてしまったり、家系自体が絶えてしまったり、無駄だと家主が判断して一連の行事を止めて風習が失伝していたりすると、御先祖は何処に帰れば良いのか分からないので家に帰って来ません。其のような迷える魂は水辺に行きます。彼等は基本的に乾いていると菩提寺の和尚さんが言っておりました。そして楽しそうにしている水辺で遊ぶ方々にチョッカイを出したり、釣り師の足を引っ張ったり、時には業の深い魂が複数でよってたかって生者の命を奪うのです。

此方は幕末から明治に活躍した日本画家である河鍋暁斎の『幽霊図』です。中学校の美術の授業で教科書に載っておりましたが、未だにトラウマです(笑)。
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そんな訳で迎え盆を含む期間は毎年釣りに行きません。そうしましたら、長女が『お父さんに前に連れて行ってもらったアノ店に行きたい、明日はコノ店に行きたい』と言うので、2人で金曜と土曜に其々一店舗づつ行ってまいりました。

まず金曜日です。
 
此方は八王子ラーメンの名店である『みんみんラーメン本店』です。初めて行ったのが3年社員ですから、31年に渡って(西国行きの2年は抜かします)通っております。濃いめの鶏ガラスープの表面に薄くラードが張り、柔らかめのメンマとバラチャーシューが乗り、其処に玉ねぎの微塵切りが乗ります。
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久しぶりのみんみんラーメンです。写真はバラチャーシューメンの特大にライスてす。娘も勇んで大盛りを注文しておりましたが、最終的には父親のヘルプが必要でした。
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さて次は土曜日です。

此の店は私が新入社員の支店配属初日に支店長に連れて行って貰ったトンカツの名店『鈴本』さんです。『君たちの勝利を願ってトンカツを食べよう』と声高らかに仰った支店長の顔が毎回脳裏をかすめます。此方の店には何と34年(同様に2年抜かす)も通っております。
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まずは低温のラードでじっくり揚げて、最後に高音の鍋に入れて香ばしく仕上げる職人の技です。キャベツもビューラーなんて絶対に使わず、目の前で有り得ないくらい細く千切りしております。お味噌汁は白髪ネギ入りの赤だしとなります。トンカツ皿は特注の赤志野であり、キャベツの薄緑とトンカツの色と雑妙のコントラストを現しております。鈴元さんでは磁器の器は使わず、全て土の温もりを感じる陶器を使っているみたいです。
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此の特性ソースとの相性が抜群なのです。
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飲食店がコロナ禍を乗り越えて長く店を開けるのは難しく、私の行きつけだった店も此処数年で廃業された店が多く有ります。今回は2年以上行かなかった為に挨拶も兼ねて久しぶりの味を楽しませて頂きました。金曜に伺った『みんみんラーメン』さんは二代目が引き継いでおりますが、全く変わらない素晴らしい味でした。相当な修行をされたのでは無いかと推測します。トンカツの『鈴元』さんは私が34年前に伺った時の親方が現役でも揚げ鍋の番をされておりました。話をしても滑舌良く、お元気そうです。恐らくは90歳近いと思います、私などがたったの53歳で『疲れた〜』なんで言っていたらバチが当たりますね。吉川英治が小説宮本武蔵で『我以外皆我師』と武蔵の生き方を述べてましたが、フッと思い出した次第です。

木曽川 イワナとアマゴ釣り

今日は78年目の原爆の日です。尊い命を失った方のご冥福をお祈り致します。

今週は時間が無かったのですが、木曽のアマゴを見たくなって日曜日に木曽川まで行ってまいりました。

此の時期に綺麗に咲くフシグロセンノウです。緑が濃い山々に此のオレンジ色は目立ちます。
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入ったのは比較的に大きい支流です。水が少ない時期も意外と良い型が顔を出す川です。タックルはシマノ寒流5.5mに0.4号を張り、必殺の浮玉目印2個付けに改良ヤラズの小針です。

此の川は何と言っても夏の景色が最高なのです。しかし一旦水が増え出すと大岩がぶつかり合う音が遠くまで聞こえてくる暴れ川となります。
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今日はアタリが遠いなと思いましたが、錘を軽くしたら魚が食い付いてまいりました。渓魚さん達は水が少ない為か、流れに定位しておらず、岩に隠れて上を向いているみたいです。
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居る場所さえ分かれば、もうコッチのモノです。あっという間の2時間半でした。
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有難い事に木曽の龍神様が本日も微笑んでくれました。夕方に毛鉤で釣ると面白いかも知れませんが、本日は午前10時でお仕舞いなのです。
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川で手を洗い清め、顔を洗ってから地域の氏神さまに拝礼し、本日も山の恵みを授けて頂いた事を御礼申しあげました。
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その後は、そそくさと魚の処理を済ませ、権兵衛トンネルを越えて中央自動車道に乗りました。順調に車は進み、笹子トンネルを抜けた辺りで急に空模様が怪しくなり、大粒の雨が車のフロントガラスに打ち付けてまいりました。20分ほどで雨は止みましたが、次に待ち構えたいたのは渋滞です。諏訪辺りで眠眠打破を2本飲んでの運転でしたが、此のノロノロは強烈な麻酔効果でした。

そうしましたら目の前に『虹』が出ました。虹の色は幸運の兆しです。運転マナー違反ですが、前の車との距離をはかり撮影致しました。頭がスキっとして、其処からは絶好調で家まで運転出来ました。
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虹の色には何か神秘的なモノを感じ、家の神棚には小さな三方に虹色の勾玉を色の数だけお供えして有ります。
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我が家の神棚です。神棚の下には私が神々に手を合わせる時に何時もイメージしている翁面を飾ってあります。
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此の翁面は父が更級で氏神さまの神事に使ってちたモノを町田の家に持って来たものです。極めて個人的なイメージですが、川の龍神さまのお姿に重ねて拝礼しております。
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翁面を飾ったのが25年前ですが、その後に『千と千尋の神隠し』と言う映画が上映され、其のワンシーンに主人公の千尋が川の神さまから苦団子を貰うシーンが有りました。其の時の川の神さまは、何と龍の御姿で御顔は正に翁面と同じでした。当時小さかった上の娘と妻は本当に驚いておりました。もう20年以上前の話となります。

千曲川 イワナとヤマメ釣り

今週も千曲川水系に釣りに行ってまいりました。松阪に行くまで、水系は統一しておりませんが、シーズンを通して皆勤賞でしただけに自然と足が向かってしまいます。此方に戻って約1ヶ月ですが、思い起こすと松阪は実に良い地域でした。離れてみて改めて地域の良さが分かります。

道中に大好きな桔梗が綺麗に咲いておりました。桔梗の2文字の『木』を外すと『吉が更に増す』と成ってか縁起の良い花です。
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今日は海の口が半分と川上村が半分の工程です。海の口は2年半ぶりに入渓する小河川でした。かつては遡上期に本流から大ヤマメや大イワナが遡って来る貴重な河川でしたが、今はかつての魚影の濃さは全く感じません。沢の釣りは実際に釣るとなると入渓点や退渓点などが分からない事が多いのですが、此処もご多分に漏れず分かり難い河川です。

写真1.5 川上村には天然記念物の川上犬が沢山飼育されております。此のワンコはただのワンコでは無く、日本狼と柴犬の混血であり、狩猟犬として大活躍しておりました。

話を沢釣りに戻します。竿はシマノ寒流5.5mに2.5mの糸を通しで張り、必殺の自作『浮玉目印』を2個付け、錘はガン玉4号、針は改良ヤラズの小針に餌は小さ目のクロカワ虫です。

浮玉は沈める為の目印です。昔は美濃の藤本重兵衛商店から販売されてましたが、製作者の高齢化で販売取り止めとなり、其の後数年間は在庫を使用してましたが、やがて在庫も無くなってしまったので3年かけて自作致しました。此の目印の利点の一つとして、ボサが水面に近くまで張り出している場所でもラインを緩める事で釣れたり、風の強い日は目印を沈める事で簡単にアタリが取れる事です。
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早速一投目から瀬尻の餌を猛然と追いかけてイワナが食い付きました。落ち込みの岩の間に潜んでいたようです。

八寸は超えていると思います。
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この後も食い気は立っており、次々と釣れましたが七寸を超えたものだけ4匹キープしました。
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眠い目を擦りながら車で15分の川上村に行きました。8月12日が近づくと日本航空123便墜落事故を思い出します。墜落現場の雄高山周辺は古くは『高天原山』といい、神々の合戦が有ったと言う地元の言い伝えが存在します。しかし此方は長くなるのでまたの機会にご案内致します。

川上村に着いたのは、すっかり日が登った8事半頃でした。川上村は高原野菜の一大産地です。
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川上村でも沢に入ろう思っておりましたが、フッと思い立って西川が千曲川本流に流れ込む合流点の下流部に行きました。此処はこの時期に良い思いをした事が多く有りますが、反面釣れる時と釣れない時の差が極端なポイントです。此の時期は草の丈が高いので悪戦苦闘の末にポイントに辿りつきました。やはり久しぶりに入ったので渓相は大分変わっておりました。大きなポイントが見当たりませんので、師匠直伝の川底を読む方法を取ったのです。

重い錘でミミズを周囲より若干深くなっている『かけ下がり』流し込みましたら、小さいですが大物のアタリが出ました。0.6を張っておりますので余程の大物でなければ取れると思いましたが、見えない好敵手は明らかに尺は超えているトルクと、イワナ君とは違うスピードで大暴れして楽しませてくれました。私の剛竿が満月になるまで絞り込む強引でした。

少しのやり取りの後で顔を見せたのは『戻りヤマメ』と言われる銀毛ヤマメです。以前放流したものが生き延びて種を繋いでいたと思います。思いがけなく有難い授かり物に、竿を置き帽子を脱いで千曲の龍神様に御礼申し上げた次第です。
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ちょっとだけ試すつもりだったので携帯は車の中でした。此の写真は約1時間ほど探釣して車に戻ってからの撮影です。友人の携帯を借り、オマケに魚体を友人に傾けて貰って撮影しました。前夜ろくに充電してなかった私の携帯はバッテリー切れとなっていたのです。大ヤマメは家に帰って計測しましたら35cm有りました。

もうコレで充分です。車に戻ってから魚の処理を済ませてオニギリとバナナの遅い朝食を車中で頂きました。

標高の高い沢で魚の処理を致しました。上を見てみると『姫胡桃』が枝に実を付けておりました。縄文中期の大深山遺跡が川上村にはございますが、川上村の縄文人も此の姫胡桃を割ってホジホジして食べていたのかと思うと、思わずクスッと笑ってしまいました。
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話は違いますが、川上村の大深山遺跡からは謎の土器が出土されております。其の名も人面香炉形土器です。人面と有りますが、私にはどうしても人面には見えません。渓流釣りは釣りの中で唯一『昔を訪ねる釣り』ですが、流域の文化と歴史は釣りと同じくらい興味の深い分野です。そんな古代から種を繋いでいる山の幸を頂ける事を思うと、山神さまと千曲川龍神さまに感謝の念が絶えません。
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