みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

2022-12-01から1ヶ月間の記事一覧

暮レニ更級ニ帰府ス  

今年は長い一年でした。私が身を置く業界は世の中の情勢に大いに左右される仕事なので余計にそう思ったのかも知れません。そんな中で年末には職場を離れる予定の者が出てしまい、我が身の不徳を恥ずかしむる事しきりです。 赴任地の三重県松阪市を仕事が終わ…

信濃国の戦乱 大塔合戦 その九

大塔の古要害に立て篭もった小笠原軍を秋深まる信濃の寒風が襲っていたと思われます。水も食糧も無い状態での飢えと寒さは、籠城していた武人達に重くのしかかっていたであろうと推察致します。此れは世界的に見ても南北朝争乱時期頃から江戸時代初期に掛け…

信濃国の戦乱 大塔合戦 その八  

坂西長国の奮戦で一息ついた小笠原軍に対して、今度は村上満信の軍団と小笠原一族で有りながら国人側に着いた伴野氏や新羅三郎義光から続く名門の平賀氏、他にも田口氏の軍が襲いかかりました。 写真は残念ながら坂西長国では有りませんが、大塔合戦から170…

信濃国の戦乱 大塔合戦 その七

とうとう応永7年(1400年)9月3日に村上満信は善光寺の小笠原長秀に対して兵を挙げました。しめし合わせた国人衆も同じように兵を挙げたのです。信濃の有力な国人領主達が結束して新しく任命さらた守護に襲いかかる信濃国史上稀に見る大戦の始まりです。偉丈…

信濃国の戦乱 大塔合戦 その六

都をでた小笠原長秀は一族の大井光矩の元を訪れ、信濃統治の話し合いを行いました。また特別に有力国人である北信濃の村上満信には使者を送りました。そうして小笠原長秀は応永七年(1400年)の八月に信濃国府の後庁である善光寺に政務を行う為に入ったのです…