今日は実家の掛け軸の御案内になります。掛け軸は昨今の洋風建築の波に押され、各家庭から『床の間』が消え去り、ほぼ現代の家庭では掛けられる事はないそうです。
銀閣寺の東求堂の中に有る同仁斎(どうじんさい)と言う四畳半の部屋を範とする書院造りの文化は寂しい事では有りますが、既に若人達の意識から消滅しております。
そんな訳で、今回『掛け軸』の趣を少しだけ御案内したく思った次第です。我が家には父や先祖が残した掛け軸が長持に2つ有り、他に私が好みて贖ったモノが十三幅程ございます。
年に一度は四つ有る座敷に、隈無く敷き詰めて陰干ししておりますが、一度では無理なので春と秋の2回行っております。掛け軸の手入れは此の陰干しが主体となるのです。軸本体の素材は紙と絹なので湿気が多いとカビが出てしまうのです。
私の実家に掛け軸が多く残るのは信州更科が四方を山に囲まれた内陸で有り、一年を通して乾燥しているからだと思います。因みに日本で一番海から遠い地域は長野県の佐久地方になります。
此れは、父が購入した比較的新しい掛け軸となります。
軸画を拡大致しました。
共箱です。共箱とは作者が自ら箱書きを行ない、其の真贋の基準となるものです。テレビでお馴染みの中島誠之助さんが『箱』に拘るのは其の為となります。
共箱の画題の通り、軸画は牡丹とニ羽の兎の図です。此の品物は父が祖母に送った物です。祖母は此の掛け軸が気に入っておりました。また、私にとっても兎は野山で見られる愛らしい身近な存在だった事も有り、個人的にも好きでした。
野兎です。環境省のHPより
野兎の毛色は猛禽類から身を守る為に季節で変化致します。冬は雪と同化する為に白くなり、雪が溶けると木々や土色に同化する為に薄茶色っぽくなります。つまり、此の兎は冬毛を纏った兎なのです。そうなると牡丹も『寒牡丹』となりますね。
二羽の兎は、良く見ると手前が少々太々しい感じで有り、奥の兎は後ろを無邪気に振り返り、何となく若く見えると思います。私は此の二羽は親子だと思います。
空から飛翔する猛禽類の元に身を晒している情景は、此の地が安全な場所で有る事を意味致します。同じ家に住む親と子の固い絆を現していると私は捉えております。
兎の背中の辺りを見ると、白い体毛が体の線を超えて、フンワリとしている状況が見て取れると思いますが、此れは『隈取り』と言う技法になります。水を含ませた専用の隈取筆を用いてボカしていくのです。
牡丹は古い時代に支那から伝わりました。『百花の王』の王と考えられ、『繁栄』を意味致します。また、今正に花弁を広げている牡丹と、ふっくら丸い蕾の牡丹を二つ描いております。つまり家が長く継続する事を願った構図となります。
牡丹を良く見ると、白くて薄いベールを纏った様に瑞々しく描かれているのが分かると思います。此れは日本画独特の技法で有り、胡粉と言う牡蠣などの貝殻を細かく砕いた顔料を使っております。胡粉の淡い色彩は、まるで牡丹が周囲から浮き上がる様な表現になりますね。
此方が胡粉です。
今回の軸画とは関係有りませんが、私が今まで観た中において、此の胡粉を活かした日本画の傑作は、信州産まれの天才絵師である菱田春草が描いた羅浮仙(らふせん)です。此の絵は春草が産み出した朦朧体と言う技法も使われております。羅浮仙とは『梅の精』の事です。人離れした怪しくも美しく描かれておりますね。
ニ羽の兎で親子の固い絆を現し、満開の牡丹と其の蕾で家の弥栄を現しておりますが、更なる極め付けがございます。
其れは此の小さなドクダミの花なのです。元々薬草の代名詞の様な存在で有り、無病息災を願う意味と合わせ『自己犠牲』の意味が有ります。父は祖母に自らが何らかの矢面に立つ覚悟を示したのかも知れません。
軸画や軸装には、刀装具同様に一つひとつに意味が込められているのです。また、掛け軸を買う側も数有る中から、意に沿う軸画を探し求める事が楽しいのです。私が贖った品物も其の様に選んだ次第です。
実家の付書院です。
床の間の掛け軸とは、本来その家の家風を示し、同じ軸画を家族が見る事で自ずと心が一つになる存在なのです。床の間と言う一段高い位置に信念を置くと言う意味合いも考慮すれば、今の日本に欠けた大事なモノが、其処に有るように思えますが、如何でしょうか。
今回は此れから冬が来ると言う時期でしたので、数有る中から『冬掛け』を選びました。他にも『春掛け』『夏掛け』『秋掛け』など季節に合わせて掛けます。家の中でも奥座敷と神棚だけは、凛とした空気と共に家主の気風が宿る空間なのです。
私みたいな鼻垂れ小僧が生意気を申し上げました。ご気分を悪くされたかも知れません。どうかご容赦下さい。