みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

師匠の死

四半世紀お付き合いし、木曽のアマゴ釣りを教えてくれた師匠が11月6日に他界してしまいました。尾崎廣丸師匠のご冥福を赤心からお祈り致します。

有りし日の親方
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木曽で常宿としたのが旅館山水さんでした。通い始めて25年程経過しておりますが、師匠と仰ぐ親方に優しい奥様が何時も我々を出迎えてくれました。最初の頃には『サクラ』と言うシベリアンハスキーの人懐こい大型犬も居り、仮眠中の私の布団に良く潜り込んで来たものです。夜は食べ切れない程の美味しい夕食が用意され、親方を囲んで夜遅くまで釣り談義で盛り上がり、焼酎大五郎をグイグイ飲んで夜を明かしたのを昨日の事の様に覚えております(ここ数年の親方はキリンラガー500mm缶一筋でした)。

其の師匠が病にかかっていると聞いたのは今年の梅雨明けの事です。ご家族は兎に角手を尽くされたのです。7月に宿泊した時には気丈に振る舞う奥様が不憫でなりませんした。何かしたいけど出来ない自分がもどかしくて情け無く思ったものです。

親方の使い込んだフィッシングベストです。
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先週の日曜日の朝ですが、フッと山水の親方の事が気に成りました。其の時は所用で静岡駅近隣のホテルに居りましたが、今思えば虫の知らせでした。大丈夫だろうと自分に言い聞かせておりましたが、どうしても気になったので月曜日の朝に宿へ連絡しました。ところが珍しい事に呼出音は鳴るのですが出ないのです。そして夜の19時過ぎに奥様から私の携帯へ連絡が有り、日曜日の朝に親方が他界されたと聞いたのです。

渓友会の皆に知らせると、皆が一様に悲しみの声をあげました。お通夜と告別式には間に合いませんが、土曜に有志5人で親方のお骨の前で手を合わせ、お礼を申し上げる事に決するのに時は要しませんでした。三重県桑名から1人、同県松阪から私1人、東京から2人、金沢から1人の合計5人です。

渓友会の皆で土曜日の昼前に合流し山水へ向かいました。奥様にお悔やみを申し上げ、神徒壇に拝礼したのです。壇の中央に置かれた親方の懐かしい写真が滲んで見え難くなりました。会の皆の拝礼が終わり、奥様とアメリカに嫁いだ長女と話していると、一緒に暮らしている次女が帰ってまいりました。恐らくは来客の度に悲しい話を繰り返していると思い、早めに宿を後にする事にしました。疲れ切っている奥様の体調が心配です。


夜は木曽に留まり『偲ぶ会』を開催したのです。流石に山水に宿泊するのは無理でしたので、一つ横の上松町に宿をとりました。

夜は親方を偲びながら盃を傾けました。道中には親方に教えて貰ったポイントが沢山有り、色々細かいところまで教えて貰った光景が脳裏によぎります。名人が去った木曽川は寂しくなります。誰に釣果を認めて貰えは宜しいのでしょうか?など子供みたいな気分になります。酒宴は親方の話で盛り上がり、笑いの中に寂しさを噛み締めながら木曽谷の夜は更けて行きました。

紅葉の山も本日ばかりは寂しく思えた次第です。
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