みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

置屋主人が所持していた脇差

更級の実家の近くに戸倉上山田温泉と言う地元民も通う大きな温泉街がございます。信濃は温泉天国でも有り、其々の地域で泉質の違うお湯が楽しめますが、此方は単純硫黄泉という泉質となります。

戸倉上山田温泉千曲川を挟んだ大きな温泉街です。 ちくま大百科さまより
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此処は古くから善光寺の精進落としの湯として振るわっておりました。そんな温泉街で置屋さんを営んでいた方に嫁いだ女性がおりまして、主人が他界された後で景気後退を受けてしまい店を閉めました。そして其の女性は主人が残した遺品の脇差を実の兄に預けたのです。其の兄が我が母の知り合いで有りまして、今回其の脇差を拝見させて頂く機会に恵まれました。因みに母の知り合いは腕の良い大工さんであり、我が家を格安でリフォームしてくれました。よく有る事では有りますが、此の大工さんは刀剣類には全く興味が有りません。

戸倉上山田温泉は何処となく懐かしさを感じる温泉街です。Wikiより
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今回の3連休を利用し更級へ娘達と帰省致しました。名古屋にいる下の娘も特急しなの号で帰ってまいりました。そして私は母と大工さんのお宅に菓子折りを持って伺ったのです。

大工さんに早速脇差を拝見させて貰い、脇差を三口をいくばくかのお金で譲って貰いました。まず目に止まったのは良く練られた鍛え肌が出ている磨り上げ無名の脇差でした。だいぶ研ぎ減っておりますが、恐らくは備前物の清光辺りでは無いかと思います。大磨り上げ無名とは刀を下からチョン切って短く仕立て直した物の事です。後の二口は正直申し上げて二束三文でしたが些少なお金で買わせて貰いました、

鍛えの良い無銘擦り上げ脇差の全体像です。コンディション的には研ぎ減りで焼き刃が細くなっている以外は刃先に極小さい点錆が有る程度です。
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上から撮影しました。細身なので長く見えますね。刃文は細いのたれに成っております。
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古の刀鍛冶が鍛錬した此の鍛え肌を見てください。鉄は時代が降る程に不純物が少くなり、刀の鍛え肌も均一に詰む様になります。
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古刀でないと此の肌は出ません。恥ずかしながら、私が古刀の蔵刀が少ないのは在銘の正真物は高価で中々買えないからです。
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鍛え肌が明瞭になる撮影をしてみました。差し表側(腰に帯びた時に正面になる面の事)の肌が特に良く練られております。此の写真では表現できて無いのですが、鎬寄りに棒状の映り(刀の専門用語)が見て取れます。
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此の鳴門の渦潮の様な肌がお分かりになりますでしょうか。懐中電灯の光を当てて薄暗い部屋で撮影しました。
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切先付近です。切先は品の良い小さめの切先です。写真では分かり難いのですが、焼き刃は本当に細くなって残っております。
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ハバキは凝った庄内ハバキで、豪華にも銀の一重(ひとえ)です。専門の白金師(刀の金物を造る匠)に発注すると、もっとシンプルなもので40,000円〜50,000円くらいの費用が掛かります。
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刃方の細い部分まで鑢の技巧が施されております。ハバキは刀一口づつの完全オーダーメイドに成りますので、此の脇差以外にはサイズが合わず、仮に他の刀に装着出来たとしてもガタついてしまいます。此のガタつきを『鍔鳴り』と表現し、昔から武士の恥とされました。従って時代劇で主人公が刀を構える時にガチャっと音がするのは残念な仕草となります。
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磨り上げの仕事も丁寧です。磨り上げと簡単に書いてますが、磨り上げは実際に難作業なのです。まず鑽(たがね)で中心の下を必要な分だけ切り落とします。其処から鑢で削り込む訳ですが、焼き刃の部分は硬すぎて鑢が掛からない為に、焼き刃を鈍(なま)してから鑢を掛けます。鈍すには真っ赤に焼いた銅などを焼き刃に当てて焼きを戻し、ハバキが止まる様に刃区と棟区を造ります。しかし鈍し過ぎてもダメなのでギリギリの調整が必要となるのです。鈍し過ぎると焼き刃は刀の命なので美観を損ねてしまうのです。
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棟側の凹凸を専門用語で棟区(むねまち)と言いますが、其の直ぐ左の鎬地に白く研がれた四角い部分が有ります。其の四角い部分の中に『流し』と言われる縦線が存在し、研師が研ぎが仕上がった証とされております。この本数が奇数だと室町時代から連綿と続く本阿弥家系列の研師の仕事で有りまして、偶数だと刀剣研磨の人間国宝である藤代松尾氏の系列だと言われております。此の脇差は7本なので本阿弥系の方の仕事となります。
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中心棟区下には磨り上げなのに化粧鑢がかけられております。刀は実用品だったので磨り上げて脇差に加工し直すなど、当時は実にエコでした。因みに着物も糸を解して切断面を縫い合わせると再び反物になって所得の低い方々向けに再利用されます。よくよく考えてみると凄いエコ社会の仕組みが存在していたと思われます。
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後のニ口は一応拵え付きですが、真っ赤な錆脇差君と鍛え割れ出まくり脇差さんで有り、美術的な価値が著しく低く、正直申し上げてガラクタの部類に入ります。母がお世話になっている日頃の感謝も込めて二口で2万で購入致しました。名義書き換え後は実家の押し入れで肥やしになると思います。
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母の知り合いである大工さんは『コレで刀剣類が処分が出来て良かった』と喜んでくれました。私はゴールデンウィークに母の実家から授かった正雄(山浦真雄)と三尺余の大太刀を研磨に出したばかりなのですが、此方も研師さんに追加で出そうかと思っております。

何故か最近になって私の元に刀剣類が集まる様になってまいりました。刀剣商は『刀が刀を呼ぶ』と仰る事が有りますが、本当にそうなんだと感じております。其の上は『名刀が名刀を呼ぶ』らしいですが、中々そうは行きませんね(笑)。同じ様に『不幸が不幸を呼ぶ』や『幸せが幸せを呼ぶ』も本当かも知れません。そう思うとキツい時でも前向きに成って、『笑う門には福来る』状態にする事は必要な事かも知れないと感じた次第です。