みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

鉄鍔に込められた祈り 2

今回は友人が保有する鉄鍔に込められた『祈り』についてご案内したいと思います。前回の鉄鍔の祈りもそうですが、決して新興宗教かブレによる宗教的な勧誘ではございません(笑)。元々鍔は拳を護ったり、刀身と柄とのバランスを取ったり、刀の操作時に手が滑る事を防いで切れ味を増すという重要な役割を担っております。桃山時代以降は刀装具としての機能を保持しながら美術品の性質も合わせ持つように成りました。鍔の意匠につきましては膨大な数が存在し、とても私なぞのブログでは紹介しきれるモノでは有りませんが、身近に有る鍔を案内させて頂き、古の武人の心意気を感じて頂けたら嬉しく思います。今回紹介させて頂く鍔は偶然にも私の刀友に周囲も喜ぶ大きな幸福をもたらせてくれました。


九曜紋透唐草象嵌糸巻形鍔(くようもんすかし からくさぞうがん いとまきがたつば)です。
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 此のフォルムは現在で考えてもシャレたデザインだと思いますが如何ですか?
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厚手の鉄地に見事に九曜紋が透かし彫りされてます。
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九曜とは星の事で古来厄よけの重要な文様とされて来ました。真ん中の星が太陽とされており、その回りの星は月、火、水、木、金、土、羅喉(らごうと言う架空の星)、計都(此方も架空の星)で構成されております。考え方は我々にとって天空を現す星々とお考え下さい。
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鍔の耳の部分が薄くなる碁石の端っこの様なシルエットです。
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唐草模様が綺麗な線で高肉象嵌されております。此の唐草模様は日本では広く愛されている模様ですね。その理由は私は小さい頃に祖母から聞きました。
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鍔の形である『糸巻き形』とは現在における糸巻きの形を考えるとチンプンカンプンで分からなくなってしまいます。現在と往時では人の感覚が違う様に我々の身近に有る物の形も大きく違っております。往時においては糸巻の形が下記の様な感じとお考え下さい。

糸巻き
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日本大百科全書より 此方に出ている画像なら形の連想が容易かと思います。

昔から日本では糸巻き全般を千切(チキリ)と呼んでいたそうです(此方も祖母から聞きました)。言葉遊びが好きな往時の人は、婚礼を挙げた夫婦が契りを結ぶ事や人と人が信じ合って盟約を結ぶ『契り』にも通じる事から糸巻きの事を『人と人との繋がり』の象徴と捉えていたそうです。


よく見ると九曜紋から伸びる蔦も左右違って実にバランスが取れております。また蔦は供養紋から桜に向かって伸びている感じです。
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九曜紋を旗印とする一族が桜紋を旗印とする一族と婚姻を結んだのか、または九曜紋の一族に春が来る様な良い事が訪れる様に願ったモノかは分かりませんが、何方にしても九曜紋が上に来ているので九曜紋の方が主体となっていると考えて間違い無いと思います。

象嵌とは『嵌める』の名の通りで本体に違うモノを嵌め込む事を言います。代表的な象嵌技法は布目象嵌と彫り込み象嵌がございます。其れ等の象嵌技法は日本には古くから伝わっており、伝来以後は独自の発展を遂げてまいりました。此の鍔は恐らく肥後系の布目象嵌だと思うのですが、布目象嵌と一口に簡単に言っても手の掛かり方は半端じゃ有りません。

象嵌には下記の通りの工程が有ります。
① 下地(鍔)に鑽で布目の切れ込みを施す。
② 嵌め込む材料を切り出します。
③ 切り出した材料を布目に打ち込みます。
④ 材料の上から木槌で叩いて更に締めます。
⑤ 余計な布目の切り込みを全て潰します。
⑥ 全体に磨きをかけます。
⑦ 錆び付けを行います。
⑧ お茶で煮込んで錆止めを行います。
⑨ 電気コンロ(炭火)などで焼き付けをします。
⑩ 最後の磨きををして完成です。
 
簡単に説明してもコレだけの工程が有ります。

また蔦はほっておくと横や縦に縦横無尽に広がりを見せる植物です。つまり一族が䔍の様に繁栄してほしいと言う意味合いなのです。私の仮説を申しあげますと、九曜紋を持つ一族が益々結束して固い『契り』を結び、蔦の様に大きく繁栄し、やがて春の様な幸せが訪れると言う内容だと解釈致しました。九曜紋を持つ一族に生まれた益荒雄が所有する刀に備え付けられた鍔に相応しい『祈り』であると思います。

此の鍔を自分の愛刀に付けていた方は一体どの様な身分の方で、どの様な生涯を送った方なのか?興味が尽きません。しかし鍔がこうして我が刀友の元に来た事も何かの『縁』ではないかと思います。私の刀友の先祖はかつて村上水軍に属していた武家です(海賊ではありません 笑)。そして刀友の家紋は九曜紋なので、たまたま良い物が売っているぞと声を掛けたのです。最初は意味も伝えず得意のパワハラで『良いから買え』でした。

有難い事に我が刀友は其の後に長年待ち望んでいた子供を天から授かりました。実際に其の事が鍔の効用かどうかは分かりません。刀友夫婦の長年の努力が実り、其の一報を聞いた時は我が事の様に嬉しく思いました。しかし良くなる事を信じて努力している人々を天は絶対に見放しません! 此れは古より続く『天壌無窮の神勅』の教えであり日本人の心です。今後は蔦の様に力強く刀友の家族が増え、幸せな桜咲く春が刀友の身内に多く訪れる事を切に望んでいる次第です。

最後に此の徹鍔の意匠は家族の幸せを願う日本人らしい図柄だと考えます。私は色々な武具や漆器などに施された図柄を考察する度に何時も日本人に生まれた事を誇りに思います。