今年は更科に帰らない為に歳神様を町田の家でお迎えする事となりました。その為に歳神様に失礼のない様に神棚を何時もより念入りに清掃致しました。何時も気になったら埃を取る為に濡れた布巾で掃除するのですが、改めて年末に掃除すると意外と埃がたまっておりました。20年前になりますが家を新築する時に値が張っても良いので必ず木曽檜で神棚を作って欲しい旨を工務店に伝えて据え付けて貰いました。毎年必ず〆縄だけは新調しておりますが今年は張り切って国産大麻製にしてコロナ不侵入を歳神様に祈願する予定です。
小さなな物ですが正月の飾り付けを行う前の我が家の神棚です。
下には実家で神事に使用した翁の面を据えております。(そう言えば千と千尋の神隠しに出てきたオクサレ様こと川の神様も綺麗に成った後は翁の御顔をされておりました)。
大晦日には我が家の決まり事として神棚には塩鮭の頭、炊き立てのご飯に十二支の神々用にお箸を12本差し込んだ物、それと式三献に使うお神酒をお供え致します。
お神酒徳利と『お神酒の口』です。
『お神酒の口』とは徳利の上に置いて福を招くと言う信濃の縁起物です。現在は長野県松本市にある矢澤商店さんの千野様親子が県内で唯一技術を継承しております。千野家はお神酒の口を作り続けて現在まで100年続いており、現在は4代目が作り続けておられます。因みに「御神酒の口」は国の選択無形民俗文化財に指定されております。実家にも有るお神酒の口の細かい細工が気に入っており、此方の家用にも購入してお正月など特別な日に使用している次第です。大晦日に歳神様に飲んで貰ったお神酒のお流れを銚子に入れ直して家族でいただく事で体内の邪気を祓い無病息災を願います。
お正月用の酒器です。南天の漆絵が施され『難』を『転ずる』の意味がございます。ただお神酒の量だけでは足りなくなるのが飲兵衛の困ったところであります。
錫の銚子も使うことが有ります。此の銚子でお神酒を頂くときは素焼きの『かわらけ』を使いますが、前に使ったのは下の娘の七五三だったと記憶しております。
此処で少し知己を得た神職の人に聞いたお酒と日本人の話をさせて頂きます。日本は古より神事やお祭りで酒を使う文化が有ったとの事です。八岐大蛇に飲ませた強いお酒も足名椎.手名椎(アシナズチ.テナズチ) のニ神が醸した物です。御神酒あがらぬ神は無しと言われている程に神事とお酒は関係が深いと仰っておられました。この御神酒を神事の後に皆でいただく事を直会(なおらい)と言って日本には神人共食という神と人が一緒に食事をすると言う文化があるとの事です。神事には杯に入れたお酒を三回に分けて飲みます。コレには契約の証として念には念を入れるという意味合いが含まれているとの事でした。この形式は式三献と言われており、盃には其々肴が付きます。武家の場合は打ち鮑(鮑を乾燥させて打ち伸ばしたもの).昆布.カチ栗が肴として出されます。敵を打ち滅ぼして勝ちをおさめて喜ぶと言う意味で出陣の前の神事として行われていたと伝わります。盃のお酒と肴の語呂合わせを決める人が献を立てる....つまり献立役と言われており、お料理の献立とは此の事が語源であるとの事でした。また一杯を三回に分けて飲むので三杯飲むと9回となり、此れを引き継いだ神事が結婚式の三三九度と言わらてます。他に現代の言葉に通じる物として、氏子などが集まる直会(なおらい)で式三献などを行う礼式を礼講(れいこう)言います。従って共同体で式三献の礼式が終わると『無礼講』と成ります。現代で使う無礼講とは少々意味合いが違いますね! 同世代以上の方は覚えが有ると思われますが、飲み会に遅れて来た人が駆けつけ三杯飲むのは此の名残であるとの事でした。