みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

趣味の話 武者絵ニ幅

最近は和室が減ってしまい掛け軸が行き場を失っており、軸装された日本画が少々不憫に思います。日本画は全く門外漢で生前の父親から岩絵具の事を聞き、鉱物から絵具を作り日本画が描かれている事を知ってビックリした事を今も覚えております。 
更科に居る母親は特に美人画が好みで帰省すると何時も違う一幅を掛けて楽しんでおります。正月は高砂図、梅雨は杜若(かきつばた)図、秋は秋草図など季節感がある日本画は素人の私が観ても心が和みます。展覧会で伊藤深水の美人画を見た時や3時間並んで若冲を見た時、木島櫻谷の描いた猪などを見た時もそうでしたが、名作は何かこう吸い込まれるような不思議な感覚を覚えました。

当然そんな名作は我が家とは無縁の存在ですが、個人的に武者絵が好きで実家の納戸からニ幅程こちらの家に持って来て楽しんでおります。

大矢大響 義家公察伏図
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作者の大矢大響は伊藤深水や矢澤幻月に師事した明治の日本画家です。八幡太郎義家公が武装して逞しい青毛の馬に跨り、行軍している時に雁が飛び立ち、其の事で茂みに隠れている伏兵を察して周囲に睨みを利かせている様子です。前九年の役後三年の役なのかは分かりませんが、義家公が戦場に在る事は間違い無いですね! 父親曰く此の時代の戦闘は主に馬上の武者同士の争いとなり、弓矢を使用する時には身体が自在となるように工夫されたのが此の絵に在る大鎧と言われている鎧だそうです。当時は大変高価な物で小さな領国を買えるほどなので、大鎧一式の数え方は一領(いちりょう)と数えるんだよ...と亡父より聞いた記憶がございます。
青毛の馬が嘶く様子や筋肉の躍動感が気に入っております。
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義家公が鋭い目つきで戦闘に備えてます。
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此れは箙(えびら)では無く、空穂(うつぼ)と言われる矢を収納する道具です。
f:id:rcenci:20201017130524j:plain箙は上から矢を抜き取りますが、空穂は下の蓋を開けて矢を取り出します。因みに空穂の下部に四つ割菱の家紋が有ります。この家紋は武田家の武田菱として有名ですが、元々は天皇家の紋で有り、清和天皇から続いている源氏の棟梁が使用していても至極当然なのです。もっと言うと義家公の弟である新羅三郎義光甲斐源氏の始祖です。

雁の飛び立つ姿が描かれておりますが、雁が飛び立った事で伏兵に気がついたのでしょうか? それにしても約1cmくらいの大きさで雁が描かれておりますが細部まで確り表現されております。
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同じく雁です よく見ると義家公の空穂には羊歯(しだ)の蒔絵が施されているみたいです。
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もう一幅も武者絵です。作者の名前を見ても私には分からない御名前です。
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此方も大鎧なので時代は平安期でしょうか?
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此方もひょっとしたら義家公かも知れません。此方の絵では従者を従えております。赤糸威大鎧の武者は四つ白の馬で、紺糸威大鎧の武者は配下の武者でしょうか? 配下にしては立派な身なりです! 

二人とも戦支度で尻鞘の太刀を佩き弦巻(弓の替蔓です)を付けておりますね! 
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しかし馬の目が滑稽です。此方は大将の馬
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此方は従者の馬!!!
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雁の書き方も少々....
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此方の武者二騎は空穂ではなく箙を携えておりますね! 矢が露出しておりますので取り出し易い利点がございますが、逆に矢自体が他の物とぶつかり破損し易い面もあります。
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今日は陰干しの意味もふくめて家に有った軸装された日本画を細かく長女と観ました! 私が生前の父に教えて貰った様に娘にも当時の武者が身に付ける物を知る範囲で教えましたが『ふ〜ん』と言う感じで『糠に釘』状態です! トホホ...