みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

木曽川 イワナとアマゴ釣り アマゴが食べたい

今回の釣行は2週間空いての木曽釣行と成りました。町田に住んでいた時は連チャンで2種間空ける事はシーズン中は考えられませんでしたが、やはり金曜日の夜に松阪から木曽迄の3時間半を越す強行軍はかなりの覚悟が必要です。
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梅雨は大物シーズンですが、今日はアマゴの塩焼きが何としても食べたくて、自己設定匹数まで7寸前後のアマゴを釣る事を目的と致しました。アマゴの塩焼きと冷酒の組み合わせは世界最高の美味しさだと個人的に思います(勿論イワナもです)。

本流の瀬でたくさん餌を食べているヤル気のあるアマゴを釣る為に選んだポイントは此のポイントです。
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ここ2年で渓相が随分変わりました。立ち込んで釣る瀬のアマゴ釣りは、振り込んだ数だけチャンスが生まれますので短い竿の方が良いですね!流す距離も短くしてテンポの良い釣りを目指しました。頭の中は既にコンガリ焼けたアマゴちゃんと中乗りさんの冷たいのでいっぱいです。
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此の時期らしいポッチャリアマゴです。カケ上がりで食いました。
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この子は石の前でした。
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今度は木曽川らしい美味しそうなアマゴです。イワナも釣れました!
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浅瀬のヨレで8寸オーバーが釣れてくれました。木曽のタナビラらしく太い個体です。
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物凄く暴れん坊です。
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此の後にデカイのがきましたが、規定匹数まで達していたので浅瀬を石で囲んで写真撮影だけ行おうとしたら大ジャンプして川へ戻って行かれました。今日の木曽は気温が上がり、帽子のヒサシから汗がボタボタ垂れてまいりましたので納竿とした次第です。本日も希望を叶えて頂いた木曽川龍神さまに感謝して帰路に着きました。
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鉄鍔に込められた祈り 2

今回は友人が保有する鉄鍔に込められた『祈り』についてご案内したいと思います。前回の鉄鍔の祈りもそうですが、決して新興宗教かブレによる宗教的な勧誘ではございません(笑)。元々鍔は拳を護ったり、刀身と柄とのバランスを取ったり、刀の操作時に手が滑る事を防いで切れ味を増すという重要な役割を担っております。桃山時代以降は刀装具としての機能を保持しながら美術品の性質も合わせ持つように成りました。鍔の意匠につきましては膨大な数が存在し、とても私なぞのブログでは紹介しきれるモノでは有りませんが、身近に有る鍔を案内させて頂き、古の武人の心意気を感じて頂けたら嬉しく思います。今回紹介させて頂く鍔は偶然にも私の刀友に周囲も喜ぶ大きな幸福をもたらせてくれました。


九曜紋透唐草象嵌糸巻形鍔(くようもんすかし からくさぞうがん いとまきがたつば)です。
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 此のフォルムは現在で考えてもシャレたデザインだと思いますが如何ですか?
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厚手の鉄地に見事に九曜紋が透かし彫りされてます。
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九曜とは星の事で古来厄よけの重要な文様とされて来ました。真ん中の星が太陽とされており、その回りの星は月、火、水、木、金、土、羅喉(らごうと言う架空の星)、計都(此方も架空の星)で構成されております。考え方は我々にとって天空を現す星々とお考え下さい。
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鍔の耳の部分が薄くなる碁石の端っこの様なシルエットです。
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唐草模様が綺麗な線で高肉象嵌されております。此の唐草模様は日本では広く愛されている模様ですね。その理由は私は小さい頃に祖母から聞きました。
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鍔の形である『糸巻き形』とは現在における糸巻きの形を考えるとチンプンカンプンで分からなくなってしまいます。現在と往時では人の感覚が違う様に我々の身近に有る物の形も大きく違っております。往時においては糸巻の形が下記の様な感じとお考え下さい。

糸巻き
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日本大百科全書より 此方に出ている画像なら形の連想が容易かと思います。

昔から日本では糸巻き全般を千切(チキリ)と呼んでいたそうです(此方も祖母から聞きました)。言葉遊びが好きな往時の人は、婚礼を挙げた夫婦が契りを結ぶ事や人と人が信じ合って盟約を結ぶ『契り』にも通じる事から糸巻きの事を『人と人との繋がり』の象徴と捉えていたそうです。


よく見ると九曜紋から伸びる蔦も左右違って実にバランスが取れております。また蔦は供養紋から桜に向かって伸びている感じです。
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九曜紋を旗印とする一族が桜紋を旗印とする一族と婚姻を結んだのか、または九曜紋の一族に春が来る様な良い事が訪れる様に願ったモノかは分かりませんが、何方にしても九曜紋が上に来ているので九曜紋の方が主体となっていると考えて間違い無いと思います。

象嵌とは『嵌める』の名の通りで本体に違うモノを嵌め込む事を言います。代表的な象嵌技法は布目象嵌と彫り込み象嵌がございます。其れ等の象嵌技法は日本には古くから伝わっており、伝来以後は独自の発展を遂げてまいりました。此の鍔は恐らく肥後系の布目象嵌だと思うのですが、布目象嵌と一口に簡単に言っても手の掛かり方は半端じゃ有りません。

象嵌には下記の通りの工程が有ります。
① 下地(鍔)に鑽で布目の切れ込みを施す。
② 嵌め込む材料を切り出します。
③ 切り出した材料を布目に打ち込みます。
④ 材料の上から木槌で叩いて更に締めます。
⑤ 余計な布目の切り込みを全て潰します。
⑥ 全体に磨きをかけます。
⑦ 錆び付けを行います。
⑧ お茶で煮込んで錆止めを行います。
⑨ 電気コンロ(炭火)などで焼き付けをします。
⑩ 最後の磨きををして完成です。
 
簡単に説明してもコレだけの工程が有ります。

また蔦はほっておくと横や縦に縦横無尽に広がりを見せる植物です。つまり一族が䔍の様に繁栄してほしいと言う意味合いなのです。私の仮説を申しあげますと、九曜紋を持つ一族が益々結束して固い『契り』を結び、蔦の様に大きく繁栄し、やがて春の様な幸せが訪れると言う内容だと解釈致しました。九曜紋を持つ一族に生まれた益荒雄が所有する刀に備え付けられた鍔に相応しい『祈り』であると思います。

此の鍔を自分の愛刀に付けていた方は一体どの様な身分の方で、どの様な生涯を送った方なのか?興味が尽きません。しかし鍔がこうして我が刀友の元に来た事も何かの『縁』ではないかと思います。私の刀友の先祖はかつて村上水軍に属していた武家です(海賊ではありません 笑)。そして刀友の家紋は九曜紋なので、たまたま良い物が売っているぞと声を掛けたのです。最初は意味も伝えず得意のパワハラで『良いから買え』でした。

有難い事に我が刀友は其の後に長年待ち望んでいた子供を天から授かりました。実際に其の事が鍔の効用かどうかは分かりません。刀友夫婦の長年の努力が実り、其の一報を聞いた時は我が事の様に嬉しく思いました。しかし良くなる事を信じて努力している人々を天は絶対に見放しません! 此れは古より続く『天壌無窮の神勅』の教えであり日本人の心です。今後は蔦の様に力強く刀友の家族が増え、幸せな桜咲く春が刀友の身内に多く訪れる事を切に望んでいる次第です。

最後に此の徹鍔の意匠は家族の幸せを願う日本人らしい図柄だと考えます。私は色々な武具や漆器などに施された図柄を考察する度に何時も日本人に生まれた事を誇りに思います。

 

身体の休養と内側のリセット

今週は火曜日に近くの店舗に転勤して来た30年来の同期入社である友との懇親、木曜日にお客様の接待(2次会で逆に接待を受けちゃう)、金曜日は部下9人の表彰式出席に伴う小宴と3回の午前様となった事により自宅静養と致しました。

いずれの宴も楽しい時間で有って、気がついたら時が経過していた状態でした。特に金曜日に半期の武功を受けた部下達を労った席には前任の所長にも同席頂き、中央の色々な話を教えて頂いた事は非常に勉強に成りました。土曜日に於いては一日中寝ていると言う情けない状態となり恥入るばかりです。

日曜日は早くから目が覚めたので釣りの準備と刀の手入れを行いました。刀の手入れとは古い油を落として新しい油を刀身にぬるだけの事ですが実は違う効用も有るのです。

この大きい霧の箱に七口ほど脇差も含めた刀が入っております。
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釣りをする時に桐の餌箱に入れた川虫は長生きするように桐は呼吸すると言われており、箱の中の湿度と温度を程良く調整してくれる優れ物なのです。此の刀箱に有る刀剣類は短くて刀長が54cm、長い刀は刀長が76cmです。約2時間半を掛けて油の敷き直しを繰り返し行うと、刀を保持する左手の筋肉疲労が凄まじい状態になります。集中していたので写真撮影を失念してしまいました。なかなか御理解頂けない事ですが、刀の手入れは気構えが必要なのです。中途半端な心構えでは怖気づいて鞘から抜けません! 捉え方にもよりますが、手元に有るのは生き物を殺傷出来る武器でありながら神器にも成り得る物なのです。一口ずつ丁寧に手入れを行い、最後の一口を白鞘袋に入れて紐を締めると思わずホッと大きな深呼吸をしてしまいます。

次は短刀を3本手入れ致します。短刀のうち『拵え』を製作している物は別の桐箱に入っております(コレがとっても嵩張るのです)。
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箱から出した『拵え』と短刀です。
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拵えの柄の構造は朴の木の周りに鮫皮(エイの皮)を巻いたものです。定期的に茎(なかご)を入れておかないと心配なので、手入れの都度に行うようにしております。

朴の木の鞘から目釘を外します。
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煤竹の目釘が痛まない様に初冬の乾燥した孟宗竹で自作したオリジナル目釘抜きを使います!

古い油を拭った刀身です。コレは身幅も広く刃長も9寸以上ある大ぶりの短刀です。
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刀身に光をあてると和鉄を練り込んで折り返し鍛錬によって出来た模様(丸いモノは杢目と言います)が浮かびます。
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光の左下に視える丸い縞模様に沿って光る黒い筋が浮かんでおりますが、其の光る黒い筋を専門用語で地景(チケイ)と言います。此の地景が刃文に入ると稲妻と言います。まるで刀身の中に雷が落ちるように自然の景色が鉄の組成により視えるのです。

短刀や刀は刃を上に向けて差しますが、前側にくる面を差し表と言います。
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光の左側をよく視てもらうと鉄が重なっているのが解ると思います。此の構造を研ぎによって浮かび上がらせるのも研ぎ師の腕の見せどころです。此の短刀は相州伝の造り込みなので板目肌が出ております。木の板に出る模様の様なので板目と言います。
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光が当たっている左方の白い部分の更にグレーの部分が刃文です。刃文と地鉄の境目が和紙を破いた様に繊維が飛び出て視える様を『ほつれ』と言います。
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コチラは差し裏です。刃文は直刃調に互の目足です。
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差し裏の帽子(切っ先の焼刃の事)近くには特に杢目が激しく入っている事が解ると思います。
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刀剣の鑑賞は平安時代から行われております。一本毎に全て違う鉄の表情があります。ところが何となく気分が滅入る時などは不思議な事に今説明した様な内容が視えない時が起こるのです。そんな時は一度刀を鞘に納めて二、三回ほど深呼吸し、気分を落ち着かせて改めて視ると今度は良く視えるのです。そして鑑賞が終わり、油を塗布して鞘に納めた後には心身共に落ち着き、冷静な自分を取り戻す事が出来ます。正直言うと私は何時も助けられているのです。

木曽川 アマゴとイワナ釣り アヤメの香り

本日の木曽は暑くも無く、寒くも無く、ずっと佇んでいたく成る様な過ごしやすい気候でした。爽やかな風が川の水面をかすめ、微かに野辺に咲く花々の香りを私の鼻腔に運んでくれておりまして居心地が良いのです。本日は釣友3人と待ち合わせての木曽釣行でした。

後で分かりましたが、淡い優しい香気の正体はアヤメでした。
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此処のところの釣行で気付いた事なのですが、東京都町田市に住んでいた昨年迄の様に娘達と暮らしておりませんので持ち帰る魚は少しで充分なのです。しかし1〜2匹を釣る為に松阪から延々と4時間も掛けて木曽に行くのも少々どういうものかと思いますので複雑でした。


肝心の釣りの方ですが、朝一番で先週より水が大分減った本流に入りました。地元の方々が草を刈ってくれております。暫く釣りましたが新子とは違う15cm程の小アマゴ達が次々と針に掛かってまいりました。恐らくシーズン後半戦には20cm以上に成って釣り人を楽しませてくれると思います。キープサイズが出ませんでしたので、少し錘を重くしたら9寸のイワナが来てくれました。しかし後が続きません!f:id:rcenci:20220605082412j:image

その後もチビが連発するので支流に場所を変えてみました。目当ての川に降り立ちましたら、余りの清々しさに暫し見惚れておりました。そうしたら急に立木に囲まれた目の前の渓に日の光が差し込み幻想的な空間に変わったのです。

タイミング良すぎて感動しました!
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此の鳥の囀りと水の音を聴きながら、まるで自分が木に成った様に自然に溶け込む感覚は渓釣りならではですね。私に釣りを教えてくれた師匠は『川に降りても自分が周りに溶け込む感じに成るまで竿を出すな』と言っておりましたが、今思えば此れが『木化け』でしょうか! 半人前の私は竿を伸ばすのも忘れて岩に腰掛けて眺めておりましたら釣る気も失せました。

私の下流には日が差し込んでいないのが不思議でした。
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貴重な光景を見せてくれた山神様に感謝です。もう何となく満足して仲間と合流し、後片付けをしてアヤメの群生地に向かいました。

アヤメ公園池です。 Wikiより
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当日はアヤメが満開で良い香りが立ち込めます。空の青と山の緑と相まって素晴らしい光景でした。
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此の池は薮原高原スキー場の入り口付近に有る溜池です。イメージ的に菅川を遡って行くと到着致します。此処から反対側に降ると笹川の支流である魚影の濃い奥峰沢が有ります。本日はアヤメ公園の東屋(壁の無い屋根だけのスペース)で釣友と楽しい昼ごはんを頂きました。

一休みして帰路着いたのですが、帰りがけに気になる沢に入ってみました。道路の上から竿を出してみたら良い形のイワナが釣れて来ました。流石は木曽川水系です、コレで満足して松阪に帰った次第です。f:id:rcenci:20220605082559j:image

鉄鍔に込められた祈り

本編に入る前に昨日は日露戦争日本海海戦に於いて旗艦三笠に乗艦した東郷平八郎元帥率いる連合艦隊が、秋山兄弟の次男である秋山真之発案の丁字戦法を用いて当時世界最強ロシアバルチック艦隊に真っ向から立ち向かって見事に此れを撃破し、我々の祖国を護った日でした。祖国を護った英霊の御霊に向けて改めて哀悼の意を表します。(2020.2.9の記事参照)

海戦時に連合艦隊各艦に掲げられたZ旗
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さて今週は土曜日の夕方にお客様の接待が有るので釣りはお休みです。ちょうど刀の透鍔(すかしつば)を数種類手入れをしていた事も有り、今週末は鍔について先輩から聞いた受け売りの話を少々したいと思います。鍔と言う文字は金編に『咢』と言う文字を書きますが、此の『咢』は単独で『がく』と読み、『うるさい』や『騒がしい』や『高く突き出る様子』などの意味が有ります。帽子のツバも刀の鍔みたいに外側に突き出ているのでツバと言うらしいです。鍔の目的としては相手の斬撃から自らの手を守る、突き技の時に此方の手が刃方まで滑らない、鯉口を切る為の金具などとされており、実は非常に大切な役割を持つ金具なのです。

刀の拵えにおける鍔周辺は大小の金具が5つも重なり合い、金具がワチャワチャと煩いくらい密着して付いておりますので、鍔と言う文字の意味においても、何と無くですが理解出来ます。実際を説明すると刀身の構造もさる事ながら、拵え一式に於いても微塵の無駄も無く、極限まで無駄を省いて仕立ております。
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実用としての刀装具が基本な事は当然ですが、日本人の感性でシンプルな中でも美しく仕立てられた優品が多く現在まで残ります(貧乏な私には購入出来ない物ばかり)。刀装具は実用本位から製作されたのは間違い有りませんが、所持者の信仰から来る『祈り』を表現したり、時には自分の身分を現したりする為に制作されておりました。鍔につきまして室町より以前は当時の刀匠が余鉄を用いて製作したり、甲冑師が余技で鍔を製作しており、シンプルで機能的なデザインの透かし鍔が残されております。そして室町に入ると『正阿弥』と言われる集団が出現し、地透かしと言う様式を造り出しました。此の地透かしの技法は以後の鍔に大きな影響を残しました。その後は有名な後藤家や埋忠明寿など様々な名工が現れ、其の流れは明治期の廃刀令間時の名人である加納夏雄まで継続されました。

今みたいに電動ドリルや電灯も無い時代に当時貴重な和鉄や赤銅などの合金を使用し、炭火で赤めては鍛接を繰り返して鑢で仕上げて行った製作工程は現代の我々の想像を遥かに超越したものだったと思われます。

私の手持ち鍔の一つである『六木瓜蕨手透鍔』無名正阿弥極め(日刀保)です。
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寸法は縦が7.5cmで横が7.8cmで厚みが約6mmです。正阿弥でも古い物は槌で打たれた状態の槌目仕上げで、江戸時代の正阿弥は殆どが磨き仕上げとなります。一見優しい曲線を描く此の意匠には作者の強い『祈り』が込められております。

反対側です。上と下に付いている銅の塊は責金(せめがね)と言われる太刀の茎を入れた時の調整金属です。
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横から見た図です。
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鍔の横側の縁を専門用語で『耳』と言います。此の鍔の周囲の形状は蒲鉾みたいに丸く山形になっている事が見て取れると思います。鍔の周囲を専門用語で『耳』と言いますが、面白い事に食パンの外側もミミと表現されておりますね! この耳が丸くなっている物を『丸耳』と言います。鍔は此の耳の部分が鉄質などの重要な見どころなのです。

鑑定書の抜粋
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また此の鍔の全体像である木瓜紋の事ですが、元々は鳥の巣を図案化した物で子孫繁栄を祈る印と言われております(違う説では瓜を割った図とも言われております)。蕨手とは文字通り蕨(わらび)の穂を意識した物で有り、手を丸めた形に似ている事から福を招くと言う意味が有ります。例えばちょっとした贈り物に熨斗(のし)を付ける事が多いと思いますが、蕨熨斗(わらびのし)が記されているモノをご覧になった方も多いと思います。厳しい冬が終わったらニョキニョキ出て来る蕨は昔から生活に福を招く縁起物でした。

蕨熨斗です。
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つまり此の無名正阿弥鍔に込められた『祈り』とは幸福を招き寄せる蕨手の力で家族が幸せに暮らせる様にとの意味と、家族が蕨が増える様に繁栄するようにとの願いが込められているのです。端的に人を殺める道具に此処迄の願いを込めますか?と疑問に思うかも知れません。しかし抜いたら生死を分ける物だからこそ逆に願いを込めたのかも知れません。ご想像ください....敵に囲まれた状態で己が一剣に活路を見出す場面を....。または握りしめた一剣をもって家族を賊から護る場面を....。そう思うと朧げながら鍔などの金具にも願いを込める気持ちが解るかも知れませんね。

鍔の部位名称です。
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真ん中に茎孔と茎孔の周りを取り囲む切羽台以外の部分が意匠を施せる部分となります。写真の鍔は鶴丸形の透かし鍔で長寿のシンボルとされております。JALのシンボルマークとしても有名ですね!また戦国大名では松阪市に居城を持った蒲生氏郷が使用しておりました。 刀剣ワールドより

刀装具は小さな対象物に職人が様々な意匠を施しておりますが、其の小さな対象物の中でも一番大きい物が鍔なのです。大きいと言っても7cmから8cm越くらいであり、真ん中に刀の茎を通す孔が有り、其の周りを切羽台と言われる必要最低限の固定目的の場所が取られますので、実際に表現出来るスペースは狭い範囲にねりますね。其の狭い範囲にも関わらず確り表現された『祈り』は実用品でありながら現代でも通じる美術品だと考えます。今宵は鍔の意匠を肴に一杯やる事に致しました。

以前にも紹介させて頂いた物ですが、東京の自宅では玄関の真正面に据えてありました鍔2つです。
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松阪の借り上げ社宅では場所の都合で南西の方角に向けて置かれており、社宅の裏鬼門を守っております。鬼が怖がって逃げる柊(ひいらぎ)で邪を遠ざけ、其れでも侵入してくる鬼に勝戦草と言われている沢瀉(おもだか)で撃退する目的です。人に話すと笑い話ですが、私はけっこう真面目に攻めと守りの意味で部屋に魔除けとして飾っております。因みに表鬼門には火縄銃が銃口を向けており、火縄銃とは違う方向から所蔵刀の鋒が向いております。

木曽川 イワナとアマゴ釣り 龍神様の御導き

先週は釣り方を忘れたのかな?と思える程に本流でアタリが取れませんでした。支流の魚も綺麗で好きですが、やはり本流の太い魚の顔が見たくて今週も三重県松阪市から木曽へ車を走らせました。念の為に申し上げますが三重県内にも名だたる名渓は存在します。しかし一から知るには時間が勿体ないからです。

本日は曇りでした。
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朝方一番に荒神橋下の本流に入りましたら先週より水の色が良い感じでした。1時間ほど釣りましたがチビイワナ2匹だけでしたので場所を移しました。まだ少し早いかもと考えながら上流に向かうと、目的の場所に誰も居なかったので釣ってみたのですが、やはりまだ未だ遡って来て無いみたいです。解禁から通って無かったので気が付きませんでしたが、落ち着いて改めて思い返してみると藤の花が咲く梅雨前の此の時期にはよく有る事です。

河原の木々が季節を現しております。
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こうなったら奥の手を使う事にしました。昔の話ですが千曲川最上流の川上村内で警戒心の強いイワナを相手にしている時に流れの中に有る四角いコンクリートブロックの隙間で大物を掛けた事を思い出したのです。

木曽川上流部で本日の水量だと此の条件が備わっているポイントは幾つか有りますが、本日は此処だと思いました。
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早速ブロックの溝を縦に流れる水流に乗せて流すと『ズンッ』と数ヶ月ぶりの大物のアタリが出ました。反射的に合わせると物凄く重いトルクの有る引きです! 上竿でなんとか凌いで弱らせてから取り込んだ魚は尺一寸の太い本流イワナでした。

 

思い付かせてくれた木曽川龍神さまに感謝です。此の釣り方は根掛かりが多くて困ります。
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2匹目を狙って探りますと、根掛かり連発の後に尺イワナが再び来てくれました。此の魚は雌ですが昨年の秋の産卵時に川床を尾鰭で掘ったのでしょうか?明らかに放流物では有りませんが尾鰭の上が欠損しております。後の筋は根掛かり連発でポイントを荒らしてしまいました。
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一つ下の此の堰堤では28cmのイワナが餌を食べてくれました。もうコレで本日は満足です。
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考えてみたら娘2人と暮らしていた時は自己制限5匹としておりましたが、1人で此のサイズ3引きは少々多すぎた感じがします。
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魚の処理や後片付けを済まし、本日のお礼をする為に南宮神社に向かいました。

曇り空に朱の鳥居が良く映えます! 名前を名乗り一礼して神域に入りました。そして本日の御礼を産土神さまにお伝えした次第です。
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この神社を始めて訪問した時に龍神さまが写った小さい池には白龍と記された彫物が設置されておりました。早速に良い魚を釣らせて頂いた事を御礼申し上げた次第です。
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一本柱に施された見事な彫物です!
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始めての参拝時をブログの記事にした時に読者の方が気が付いてくれた龍神様のお顔です。
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今年も旭の滝は新緑の若葉に囲まれて神々しく流れ落ちておりました。
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本日は改めて木曽川水系の底力を感じる事が出来ました。しかし昨年迄2年連続の大雨の影響は未だ随所に残り、本流も支流も魚が大分減ったように思われます。あちこちで河川改修工事が行われ、小さい沢の落ち込みまで新しくコンクリートが打ち込まれております。そんな状態を更に色々見て回ろうかと思ったのですが、寝不足もあってやめておきました。少し車中で仮眠を取ってから眠眠打破の助けを借りて松阪までの帰路に着きました。

木曽川 アマゴとイワナ釣り 課題多し

昨年10月に東京町田市より三重県の松坂市へ転勤し、其の時にスタッドレスタイヤを持参しなかった為に春先の釣りは取り止めておりました。諸々の事情も含めて五月の連休明けから始めようと考えておりましたが、やっと今週末に今期始めての木曽川釣行日となりました。松阪から木曽までは4時間くらいの道のりです(トホホ)。

当日は何でこんな良い日に雨なんだろ〜と言う感じの天気でした。高速道路を直走って名古屋を抜け、中津川で中央道を降りてから木曽路を1時間ほど走り、やっと木曽川上流に到着したのは朝の4時頃でした。外はちょっと草むらに失礼しただけでビショ濡れの雨です。不貞腐れて車でオニギリを食べたら流石に眠くて少し仮眠を取る事と致しました。

 

雨の春山も綺麗です!f:id:rcenci:20220515111357j:image

5時30頃に起き、カッパを着込んで6時過ぎから本流で実釣を開始しました。梅雨明けの増水は活性が上がって良いのですが、今日はなんと無く嫌な感じの濁りです。案の定1時間ほど釣ってもアタリ無しでした。その後2回程ポイントを変えて本流を攻めましたが、小アマゴが7引きほど釣れただけでした。大型の魚くん達は未だ遡って無い事を確認して本流を諦める事にしました。雨も止んだので折角だから支流も見ておこうと支流に車を走らせました。

 

やっと雨が止み少し晴れ間が覗きました。ヤマブキの黄色が綺麗です。f:id:rcenci:20220515111428j:image

支流は塩焼きサイズが飽きない程に釣れてくれました。娘2人と暮らしていた時と違い、家に帰っても1人なので2匹だけキープして後はお帰り頂きました。

 

20cmくらいでしたが貴重なヤマトイワナも来てくれました。f:id:rcenci:20220515111513j:image

たまにオッと思う強い引きは尾鰭が丸い成魚放流君です!釣っては放し釣っては放しを繰り返しておりましたが、放流が有ったのか尺物も混じる猛攻を受けてしまいました!この子達にもお帰り頂き、秋に元気な木曽イワナを産んで頂く事をお祈りした次第です。

 

石の白い川ではイワナが真っ白です。此の川は結構釣れました。
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うっとりする様な美しさです! 
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支流を歩き回っておりましたらフトモモの大腿四頭筋が悲鳴を上げており、小刻みにプルプルしております。毎年最初の釣行は同じ様に成るのですが、今年はスタートが遅かったので仕方有りません。2時間以上も140kgを支えて支流の岩を飛び移ってくれた足と、綺麗な魚に出逢えた事を龍神様に感謝して竿を納めました。家に帰ったら塩焼きを肴に一杯やりながら釣行日誌を遡って調べ、今期の戦略を立てルつもりです。