今週は翁の第二話を御案内させて頂く予定でしたが、思いがけなく良い知らせが入り、其方の御披露に変更させて頂きました。
また、本日は故有って実家に持ち帰るものが沢山有りまして、母が居る更科に帰省しております。
福寿草です。信州にも遅い春が来ておりました。
さて、良い知らせの件ですが、昨年末に山浦真雄の長巻直しを、他の槍と合わせて審査に出しておりました。其の2つが願い通りの鑑定に合格したのです。色々諸事情があるなかで実に嬉しい便りでした。
よく『折り紙付き』と言う言い方が有りますが、あれは本阿弥家が名刀に対して発行した鑑定書の事を『折り紙』と言っていた事が語源となります。
現代の『折り紙』としての刀剣鑑定は、日本美術刀剣保存協会(以下は日刀保)と言う組織が代表的な団体となります。
此方が日刀保からの通知です。覚悟しておりましたが、サラリーマンの私には鑑定料も結構なものでした。此れが5つ程出しますと大変です。
高羽誠刀匠の三角槍が保存刀剣、山浦真雄の刀は保存刀剣と特別保存刀剣類の2つに合格しており、自動的に特別保存刀剣となりました。
真雄です。
高羽誠の槍です。
刀剣の鑑定書のランクは別れており、其々『保存刀剣』『特別保存刀剣』『重要刀剣』『特別重要刀剣』となっております。
此方は昔の鑑定書です。此の頃の日刀保は上野の国立博物館内に有りました。とても厳しい鑑定であったそうです。此の鑑定書は今回の鑑定で提出を義務付けられており、戻ってまいりません。
特別重要刀剣は、『重要文化財』や『重要美術品』に準ずる刀剣です。良いものは二千万を超える金額となります。重要刀剣は刀屋でも良く見かけます。私も二口持っておりますが、各刀工の打ち上げた刀の中でも傑作の部類だと思います。
個人的に無名刀は持たない主義ですので、私の鑑定に対する考え方は、其の刀剣の銘が正真と認めて貰えば問題無いと捉えております。
過去に何回か、鑑定で偽名となった経験も有り、其の度に悔しくて、色々学ばせて頂きました。うちに有る重要刀剣より、郷里の刀である山浦真雄には思い入れが強かっただけに今回は有難い知らせとなりました。
山浦真雄の『正雄』の銘を使っていた時代は嘉永年間頃で有り、上田城下に住んでいた頃となります。一般的に『上田打ち』と言われるものでして、真雄が一番脂が乗っている時期の作刀となります。
今回の事は、叔父の墓前に報告に行き、感謝の参拝をするつもりです。叔父が手に入れた故郷の名刀は、叔父から叔母に渡り、叔母から私に引き継がれ、研磨された後に此の度出世した事になります。
思えば今回の一連の事を通して、家伝の刀とは、此の様にして後の子孫に伝わっていくものなのだと実感致しました。
嘉永年間に真雄が長巻きとして打ち上げ、注文者の手に渡り、後に其の長巻きを手に入れた愛刀家が中心を短くする事を刀匠に依頼し、何名かの愛刀家の手元から我が叔父に渡り、そして今に至っております。
つまり、何人のもの先人達の思いが込められた一口だとも言えます。実際には打ち上げられてから180年弱となる訳ですが、世の中には平安末期の太刀も現存しているのです。
ただの武器なら此れ程の経緯は存在し得ない事だと思います。改めて日本刀の持つ独特な神性(しんせい)を強く感じた嬉しい便りでした。