今回も父から教えて貰った話を元に一話ご案内させて頂きます。我が父の本業は能楽師でした。
能楽は『世界最古の舞台芸術』と言われております。平成二十年にはユネスコ世界無形文化遺産に登録されました。有名なシェイクスピアが活躍していた時期よりも更に二百年も古いのです。
其の曲目は現在でも多く残されておりますが、一つだけ『神事』として現在まで受け継がれているものが存在致します。
私めが能楽師の父から受け継いだ品々は、先祖からの諸々のモノと合わせまして、父が本業の傍らで趣味で集めたモノも多くございます。
こと能に関しましては、まず膨大な教本類と、小鼓や大鼓、能笛や締太鼓などの囃子方が使用するモノの他、多くの能面を受け継ぎました。
武士の象徴が刀なら、能楽師としての象徴は、さしずめ能扇と能面だと思います。そして其の能面の中に『神さま』と伝えられる面(おもて)が存在するのです。
父は、お弟子さん達と稽古する曲目に合わせ、奥座敷の長押(なげし)にシテ方が使用す面をかけていたそうです。父の専門は地謡ですが、趣味として蒐集しておりました。其の数は三十八面に及んでおります。
能面を良く見ますと、まるで人間の顔その物が其処に有る感じが致しまして、何も知らない子供の頃は、とても怖かった事を記憶しております。うちの娘二人も同様でした。
話を戻しますが、冒頭の神さまの面とは『翁』の面になります。能面が....神さま?と不思議に思う方も多いと思いますが、翁の面だけは疑い様も無く古からの神の御尊顔なのです。
我が家でも白黒両方の翁面だけは、正絹白生地の面袋に仕舞われ、更に重ねて錦の面袋に仕舞われております。二重の面袋に収められた翁面は黒漆螺鈿塗りの化粧箱内に鎮座され、神棚の左奥にお祀りされております。
此方は我が家に有る翁面の一つです。我が家には翁の面が3面ございます。写真の面は紙縒りに慶応三年の年紀と四代前の先祖の名が記して有ります。二つ目は父が自ら誂えた翁面です。三つ目は白木造りの翁面です。
翁面は通常の能面と違い、顎を本体と切り離した『切り顎』という独特の形状です。
私は子供の頃から翁は神さまだと感じておりました。何故かと申しますと、正月明けに地域の神社で初能奉納の催しが有る折に、数回に一回ほど翁が行わておりました。其の公演の前に必ず行う神事が有ったのです。
白木の翁面です。眉毛には馬のタテ髪の毛が使われ、長い顎髭は尻尾の毛が使われているそうです。
神事の事をお話し致します。まず我が家の床の間に白木造りの翁面を鎧立ての様な組み木の上部にかけます。其の下方に笹や榊を麻紐で括り、紙垂(しで)を幾重にも重ねた物を備え付けて御幣を造ります。此の御幣こそは神籬(ひもろぎ)なのです。
神籬(ひもろぎ)とは神霊の憑代(よりしろ)となる神聖なものです。憑代と言う形態は決して能楽の世界だけでなく、広く日本の神社におきまして、御幣や神籬は神さまが御降臨頂くものであると考えられております。
此方が其の『翁飾り』と言われる神籬(ひもろぎ)です。後ろに有る三幅対の掛け軸は、父の蒐集物の一つでして、『能にして能にあらず』と言われる翁に出てくるキャストが描かれております。
此方の方は鮮明に撮影した写真を使い、後に詳しくお伝えする予定です。また、翁が何故『能にして能にあらず』と伝えられているのかと言う事も、後に合わせて御案内させて頂きます。
神事の前に同席者の穢れを祓う為に祓詞が奏上されます。公演に挑む高弟の皆さまは、数日前から精進潔斎されていたそうです。此の御役目は神職の叔父が毎回務めておりました。
後々に母から聞いた事ですが、父や高弟の皆さまが、翁の舞台で地謡の役目を仰せつかったり、また、お弟子さんが準師範や師範に御昇格された時などに翁飾りの前で神事を執り行ったそうです。子供の私が参加出来たのは神事の後の直会(なおらい)だけでした。
直会とは御神酒や御供え物を下げて、皆で頂く会の事です。勿論ですが、子供の私は私はファンタオレンジです(笑)。色々な御馳走が出てくるので楽しみの一つでした。

能の曲目のでも、『翁』だけは、数あるなかで別格中の別格であり、古来からの神事であると父が話しておりました。この辺りも世阿弥の著書である風姿花伝の記述を元に後々ご案内させて頂きます。
改めて子供の頃を思い起こしてみれば、奥座敷で行われていた厳粛な儀式を、コソッと覗き見していた馬鹿息子の私ですが、朧げながら翁が神さまで有る事を理解したのかも知れません。
しかし、神事を覗くなんぞ、罰当たりも良いところですね!
次回に続きます。