みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

信濃に実在した仙人の話  4

今週も引き続き修那羅大天武の話をさせて頂きます。先週は雨乞いという天地自然をも動かす大天武の験力の話をさせて頂きました。今週は『筆神楽』と言われている大天武の代名詞の様な占術をお伝えしてまいります。筆神楽は、『ふでかぐら』と読みます。f:id:rcenci:20260124182542j:image

此れからさせて頂く修那羅大天武信仰の源流となった筆神楽の話は、更に詳しいものが有るかも知れませんが、私の収集した資料の中では、大天武一代記と言う書籍のみの掲載で有り、他の書籍でも其方を引用したものしか有りません。従って踏み込んだ話も正確な内容では無い事を先にお詫びさせて頂きます。

尚且つ大天武一代記の記載さえも、私如き凡人には理解の範疇を大きく超えております。今回の内容には、極めて個人的な説明を加えておりますが、寛容な御心をもって読み流して頂けたら幸いです。

此方は安宮神社鎮守の杜にある小道の光景です。昨年夏の訪問でしたが、過去数回の訪問も合わせて感じている事と致しまして、此の場所は明らかに『常の空間ではない』と言う事です。異形の石神や石仏が至る所に鎮座されており、通常の神社の摂社とは明らかに異なります。写真の右下に信者が奉納した石神郡が少しだけ写されております。f:id:rcenci:20260124182606j:image

大天武の占術の話に戻ります。一代記によりますと、其の行法は一括りで『仙人法』と称されており、神と仏を合わせて信心祈祷されているものだと有ります。

神道祝詞や仏教の教典などを交えて誦(とな)え、天武自らが創始された祝詞も誦えられていたとの事です。此れを聞くと...あれ?神と仏?節操が無くない?と思われるかも知れませんが、神仏習合は一千二百年も続いた歴史が有り、神と仏を別とした明治政府の神仏判然令(1868)等で『天体の配置から天の御心を知る能力』を持った専門集団であった陰陽師を擁する陰陽寮の廃止や、其れまで天地自然の力を宿して衆生を救って来た修験道が廃止されました。此れを基に廃仏毀釈の流れが加速して行きました。更に地域の氏神さまを祀る神社の多くが天津神系の御祭神に取って代わったのも此の頃の事です。

廃仏毀釈運動で破壊された仏像です。首から上が有りませんが、集団心理の恐ろしさを残す遺物ですね。wikiよりf:id:rcenci:20260124182622j:image

我々が当たり前だと思っている現在の状態は悠久の価値観を破壊した神仏判然令からたった160年弱の期間なのです。此の期間の差を鑑みますと、どちらが日本古来の思想なのか御理解頂けると思います。賛否両論有りますが、若き明治政府は西洋の知識を得るが為に精霊の国である日本古来の叡智を捨ててしまったと言っても過言では有りません。

古来の日本で神仏習合の見本となった宇佐神宮です。宇佐市公式観光サイトさまよりf:id:rcenci:20260124182642j:image

修那羅大天武の行法は、病気、豊穣、災難、養蚕など其の祈祷により一様ではなかったと有ります。

『豊穣』は田の神に祈祷します。田の神は山の神でも有ります。春になると山から里へ降りて田の神となり、秋に山へ帰って山の神となります。此の話は私も祖母から教えて貰っておりますが、現在でも広く民間信仰として残されております。天津の神々が降臨されるずっと前から日本に居らした神さまなのです。

日本は元々精霊の国だと民俗学者柳田國男先生は自らの著書で語っておりました。f:id:rcenci:20260124182653j:image

大天武の祈祷におきまして、国土安穏の願いは大将軍神への祈祷となります。私の拙い知見では、大将軍神と呼称される神は属性の異なるニ柱の神さまが存在しております。一柱は陰陽道の星神である大将軍(暦神)です。星神の大将軍神とは『金星』を神格化した神さまであり、大凶神と言う恐ろしい側面を持ちます。秋の土用のキノコ採りの回でも紹介致しました『丑寅の金神』と同一神となります。もう一つの属性とは、現代でも比較的に馴染みの有る武の神さまとなります。しかし今回の様な修験道の場合は方位神で間違いないと思います。

衆生からの懇願された事に対しての祈祷や占術のなかで、大天武が得意とされておられたものが先にも書きました『筆神楽』でした。

一代記に掲載されている大天武の揮毫と伝わるお墓です。生意気な話で申し訳有りませんが、瑣末ながら書を少しだけ嗜む私から視ますと、見てくれ重視の単なる『作品』と違い、大天武の気迫と温もりを同時に感じさせる筆跡に感じます。f:id:rcenci:20260124182720j:image

筆神楽の『神楽』とは猿田彦神の奥さまである天鈿女命(あめのうずめのみこと)が天岩戸に隠れられた天照大神の前で、神懸かりのトランス状態で行った舞が起源とも言われております。大天武の験力によって筆が走る自動手記なようなモノだったのでしょうか?今もなお妄想は尽きません。

大天武一代記で筆神楽とは『大天武が筆を取り、高天原の高御座(たかみくら)の神形を現し、清らか、安らか、平かと十度誦え、更に観音経を誦え、諟是天神(ていぜいてんしん)を称え祀り、更に白紙に曲線の様なものを描きたるを口にて吹いて筆に巻き収めて占うもの』と有ります。

『諟是天神を称える』と有りますが、諟是天神とは神道で言うところの天神地祇で有り、広い意味で天地の神霊を現した言葉です。

更に『白紙に曲線の様なものを描きたるを口にて吹いて筆に巻き収めて占う』と有ります。『口にて吹いて』の事ですが、此れは伊勢に有る神宮の神官が行う『逆口笛』が連想させられます。逆口笛とは、神嘗祭に奉仕する神職が、奉仕に参加出来るかどうかの是非を神さまに伺う御卜(みうら)の儀という祭祀の前に行われる作法と伝わります。反対に『御卜の儀』と重ねる事は小生の考え過ぎで有り、単に紙に線を描いて吐息にて乾かした後に筆に巻いたものなのでしょうか....思えば思うほど謎は謎のままなのです。

wikiに掲載されている神宮の内宮です。f:id:rcenci:20260124182707j:image

高天原の高御座とは、未だ慧眼した事が有りませんが、現在の高御座は京都御所に有ります。此方の神形を描くと有ります。敢えて筆者が『書く』ではなく『描く』と現したのですから、墨書きで高御座の様なものを描いたものだと考えます。f:id:rcenci:20260124182755j:image

筆神楽を使った大天武の占術は未来に起こり得る事まで及んでいたそうです。過去〜現在(中今)〜未来まで見通されていたのだろうと推測致します。更に『光明経』と言われるものを誦えたと有りますが、其の一文が大天武一代記に記されております。

『ナリキトハサトミリハサトイミリナチタハサトイミナチタイミリハナントイミリナチタイミリタナンサトイハサキリマトイミリタンイミリタチリハサトイミリ』

此れが筆神楽の占事の折に唱えられた文言だと言います。信者の希望により文言を万葉仮名に揮毫し書き与えた事も有ったそうです。光明経とは聖武天皇国分寺に置いた『金光明最勝王経』と言う経典と同じだと知人の住職から教えて貰いました。住職の話によりますと、其の内容は強力な国家鎮護の経典だとの事です。

恥ずかしながら、其のような有難い経典と聞きましても、私には宇宙人の言葉にしか思えない状態です。罰当たりにも程が有りますね! 情けない事ですが、私のトンチンカンな思考では、意味が分かる文言が一つも見いだせません。

しかし、大天武一代記には『今なお信者の驚嘆が伝承する』と有りますので大天武は正確に過去・現在・未来を見通して難題を解決されたのだと思います。伝承しか残っていない時代の伝説的な存在ではなく、実際に文献が残っている時代の仙人であったのです。

此の石神さまは、死霊が退散した御礼の証なのでしょうか。生々しい表現ながらも、力強い鑽使いで彫られております。f:id:rcenci:20260124182732j:image

安宮神社に多く見られる首の上だけの石神さまです。安宮神社鎮守の杜に安置された石神.石仏は通常の石仏とは明らかに異質です。f:id:rcenci:20260124182828j:image

次回は此の秘術『筆神楽』を使った具体的な出来事の案内をさせて頂きます。長文にも関わらず、最後までお付き合い頂き、有難うございました。