みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

次女の懐剣拵え

このブログに2019年10月17に載せた『買い物 懐剣』にて紹介させて頂いた刀身に拵えを制作する為、府中の研ぎ師の先生を通して其々の刀職の方に依頼して貰いました。有り難い事に下の娘が来年成人式を迎える運びとなりましたもので、身に付ける振袖に懐刀を帯びる事が出来る様にと考えた次第です。

依頼してからかなりの時間が経過致しましたが、やっと出来上がりました! 下緒は行きつけの浅草の組紐屋さんから贖い、拵え袋は専門の職人さんにフルオーダーでお願い致しました。懐刀を打ち上げた刀匠は大正から昭和初期における代表的な刀工である堀井秀明刀匠です。堀井刀匠は日露戦争黄海海戦で被弾した戦艦三笠の大砲の鉄から刀を鍛えた三笠刀で知られております。清廉潔白な人柄で信頼に値する刀匠であったと伝わり、其の子孫は今でも北海道室蘭で鍛刀しております。

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鋒(きっさき)です。
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此の懐刀は刃長は5寸1分弱(15cm強)で小柄な次女の体系にピッタリだったのです。昭和3年の作刀で92年の歳月を経ており樋の中に薄錆が出ておりましたので研ぎ師先生に研磨も依頼致しました。以下は専門用語で恐縮ですが、簡単に刀身を説明させて頂きます。刃文は直刃、地鉄は小板目が詰んで流れごころにの肌になります。匂口は小沸ついて深く、刃縁は冴えて焼き叢なく良い仕上がりだと考えます。何故次女の為に購入したかとの言いますと、長女には既に別の一刀を揃えておりましたが、次女には何も無かったからです。武人の拵えは江戸時代が下るに従い、金具や鞘に意味合いを含んだ意匠となっておりますので、私めも懐と相談しながら其れなりに考えてみました。

『鳶色漆家紋蒔絵鞘合口拵』
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鞘の色が写真だとオレンジっぽく映ってしまいますが濃い茶色です。また拵えの呼び名が長くて少し分かり難いと思いますが、トンビの羽の色に似た濃い茶色の鞘に家紋(九枚笹)の蒔絵を黒漆で施し、鍔を付けない合口と表現するタイプの拵え(外装)であると言う事です。トンビは夢に出現すると最高の幸運をもたらす吉鳥と言われております。また往古には神武天皇が日向の高千穂を出て東征に向かった時に同族で有る長髄彦ナガスネヒコ)と訳あって合戦と成り、苦戦を強いられていた時に金鵄(金色の鳶)が神武天皇の持つ弓の上に飛来し、金色のまばゆい光を発して敵兵の目をくらまして勝利をもたらしたと伝わった事から、物事に対して勝利に導く神鳥として日本人に好まれてまいりました。我が次女の行く末にも幸運をもたらせて欲しいと願って鞘の色に選んだ次第です。

トンビ wikiより
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此方は下緒です。
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下緒には濃色(こきいろ)と言う紫とグレーを足した様な色を選びました。濃色は鎌倉時代には日本て行われていた紫根染を何回も繰り返した日本の伝統色です。紫を取り入れた意味として、紫は『尊敬』や『品位』を表しており、個性的であると言う意味合いもございます。我が次女は美容系の道に進んでおり、正直言うと私には全くもって関わりの無い縁遠い世界です。しかし無縁の世界とは言え、相手の個性を良い意味で表現する世界の様な気が致しますので『品位』と『個性』のキーワードは次女の守り刀に付属する下緒として適していると考えました。

『黒鮫』と言う柄糸を巻かないで鮫皮(エイの皮)を巻いて黒漆を施した柄に致しました。
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鮫皮は元々は魚の皮なので濡れると用を成しません。鮫皮に黒漆は昔からあるスタイルなのですが、防水と補強の為に黒漆を塗り重ねたと言われております。

赤銅で作られた花瓢箪図目貫です。
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拵え袋は正絹の紫地に小さな桜花を散らした物を選びました。房紐は平安時代からの伝統色である『卯の花色』です。この組み合わせは娘の着物に合わせたモノです。
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次女の名前は『萌』です。私は渓流釣り師なのでモノトーンの山々に春の息吹を感じるのが大好きです。次女にも新緑の様な生命感に溢れたイキイキとした女性に成ってほしいとの願いを込めて名付けました。此の目貫は春の楽しい行事である花見をイメージした桜に瓢箪の『花瓢箪図目貫』と言われている物です。楽しげな人々の声が聞こえてくる様な品で我が次女にはピッタリでした。材質は銅に少量の金と銀を混ぜた赤銅という合金を使用し、色揚げを施したものです。

刀身を拵えの柄に納めました。
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刀の白鞘はお米を練った続飯と言われている糊で朴の木を張り合わせております。従ってルパンに出てくる石川五右衛門の刀の柄はとても戦えるモノでは無いのです。

本身の代わりに鞘に納めてある木製の刀身を『ツナギ』と言いますが、鞘師の先生方はどうやってこれ程ピッタリな物を作れるのか?とても不思議です。時代劇ではタケミツと呼ばれれてますが、コレは鞘の素材と同じで朴の木で出来ております。
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一式です。
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懐剣とは別名で懐刀とか守り刀とかと言われており、通常は栗型(下緒を通す部品)とか柄巻とかは施さないで柄も鞘も漆塗りのみで仕上げた拵が多く感じます。しかし懐剣は女性が身につける唯一の武器でもあるので、手が滑らない様に鮫皮も目貫も付ける事と致しました。ただ男性と違い左腰でなく帯の左上に差します。女性でも自分の身は自分で守るという意味合いもございますが、災いや邪悪な物などから身を護り、己が将来を切り開くと言う意味の方が強いと思われます。今回は手入れの仕方や休め鞘である白鞘から拵えへ刀身を入れ換えるやり方、房紐の結び方などを次女に伝えておきました。ところが次女の反応は『ふ〜ん』との返事であり、些か心配な状態となりました。