みすゞかる 信州の釣り人

体重0.14tの釣り師ですので目立つのが悩みです。 今までは写真を撮って釣行日誌としてましたが今後はブログとして趣味の歴史探索や刀剣も含めて綴ってみます。

運命の一刀

先日の雨の時に撮影した梅の花です。
f:id:rcenci:20210221094623j:plain

今日は友人が昨年秋に購入した刀についての話です。刀は使用目的で使われていた時代においては拵(こしらえ)に入った状態で帯びるものでした。ただ刀は地球全体の3分1の重さを占める鉄で出来ておりますので何もしなかったら錆びてしまいます。錆は鉄が酸化した事を指しますが、元々地球上には酸化した状態で存在しておりますので元に戻ろうとしているだけなのです。だからと言って士族の刀身が錆びたら困るので錆びさせない為に刀身に油を塗布して保護致します。刀の鞘は木材で制作されており表面を漆で何層にも手間を掛けて塗り固めております。刀を錆びさせない為に塗る油が長い間に木の中に染み込み、せっかく職人さんが綺麗に塗った漆の皮膜を押し上げてしまうのです。それ故に家で保管する場合には漆塗りを施されていない朴の木のみで作られた無垢材の鞘に入れておきます。此の無垢在の鞘の事を『白鞘』または『休め鞘』と言います。お米で練った続飯(ソクイ)と言う糊で貼り合わされており、中が埃や油で汚れると割って中を掻き直す事が出来ます。しかし白鞘では強度が低すぎて打ち込むと柄が直ぐ割れてしまいますので使用時には拵えに入れて外出するのです。

前置きが長くなりましたが本題に入ります! 実は数日前に私の昔からの友人が来たのです。この友人の御先祖さまは大坂夏の陣で西軍に付いて武運拙く敗れ去り、その後は八丈島に流された有名な戦国大名なのです。私も其の事を友人から聞いた時は本当に驚きました! そして更に友人のお爺ちゃんは鎌倉初期から続く鬼王丸を祖とした出羽国月山鍛冶の流れをくむ名工である源貞弘さんなのです。昭和14年に月山貞勝刀匠に入門し、月山貞一刀匠と一緒に技を磨きました。師匠である貞勝刀匠の貞の字を賜って貞弘と名乗りました。昭和18年海軍省御用刀匠となり、多くの賞を受賞して昭和46年には奈良県無形文化財に認定された程の刀匠なのです。どんな伝法もこなしますが特に相州伝が得意で相州上工の写し物には名品が多いのです。友人から家にお爺ちゃんの刀が無いから欲しいと言われ、良い物が出るまでじっと待って昨年やっと出物が有って購入したのです。刀を購入して始めての冬なので白鞘が乾燥期にキュッと締まり、刀が抜けなくなる体験をしておらず、ご多分に漏れず刀が抜けなくなって困りはてて私に相談して来たのです。コツさえ分かれば抜けますので確りと教え、ついでに手入れの仕方や鑑賞の仕方も丁寧に伝えた次第です。

安卓貞宗(あたきさだむね)写し 源貞弘
f:id:rcenci:20210221094709j:plain
『写し物』とは昔の名物刀剣を現代の刀匠が写して造る刀剣の事です。刀身には棒樋に添樋を掻き、下には梵字、素剣の彫物が有ります。安宅貞宗の本歌(本物の事)は享保名物にも載る名品中の名品ですが、残念な事に明暦3年の大火で焼失してしまいました。

越前康継の安宅貞宗写し。
f:id:rcenci:20210221094741j:plain
表の茎に二つ胴落...と裁断銘が有りますので罪人の死体を二つ重ねて裁断したと言う稀有な切味を示した刀だと思われます。現在残っているものは幕府御用鍛冶を担った越前康継作刀の写し物か『本阿弥光柴押形』や『本阿弥光温刀譜』しか残されておりません。従って貞弘刀匠は写真と押型と口伝のみで写した事になります。更に此の刀は表裏で造り込みが違い、移すのは非常にに難しい一刀だと思われますが、これ程忠実に安卓貞宗を写した刀匠は今迄居ないのでは無いかと思われる品だと思います。

写真は表の刃区と棟区ですが、拡大して地鉄を見ると、小板目のよく錬れた地鉄である事が分かると思います。
f:id:rcenci:20210221094835j:plain
地沸が微塵に厚くついて、太い地景が入ります。刃文はのたれに互の目、互の目足入り、匂口は深く細かい沸がついております。写真ではお伝えし難いのですが刃中に太い金筋が入り、砂流しかかって刃縁は冴えております。

表の鋒です。
f:id:rcenci:20210221094926j:plain

表の刃文と地鐵です。
f:id:rcenci:20210221094957j:plain

裏は切刃造と成ってます。
f:id:rcenci:20210221100156j:plain
此方の彫物は二筋樋、下に梵字、蓮台、鍬形、素剣を重ねております。表裏の造り込みが違う(表裏で鉄の厚さが違う)刀をどの様に均一に赤めて焼き入れを施せるのか?など考えていると正直気が遠くなる様な作刀だったと思われます。

珍しい切刃造の鋒です。
f:id:rcenci:20210221100128j:plain

切刃造は見慣れて無いので新鮮です。
f:id:rcenci:20210221095445j:plain

茎の金象嵌
f:id:rcenci:20210221095306j:plain

彫物も立派。写真を撮り忘れておりましたが作者の銘は茎棟に切ってあります。
f:id:rcenci:20210221095249j:plain

キツく締まった白鞘を何とか抜き放ち、写真を撮影した後に手入れを行って鞘に納めて完了致しました。秀家公の系譜を持つ友人の祖父が鍛え上げた一刀を代を経て持ち主を変え今は孫が持つ....と言うの事は感慨深いものがございました。手入れを終えて白鞘袋の紐を閉めてから両手で仰ぎ、此の刀が友人の行く末を切り開き、武運をもたらす事を切に願った次第でございます。